ずっと、いっしょ。

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 ***  私の家は、会社から二駅分しか離れていない。ボロボロのアパートではあるが、とにかく職場から近いというのは嬉しいことだ。独り身であるから、家族を養う云々ということも考えなくていい。結婚願望がないわけではなかったが、とにかく仕事に一生懸命になっているうちに適齢期を過ぎてしまったというのが実情だった(まあ、今のご時世では四十代でも十分適齢期だ、という声もあるのかもしれないが)。  駅から線路沿いの道を歩き、ぽつんとある公衆電話と郵便ポストの横を通って右に折れ、一戸建てが点在する道を歩いていく。夜、人気がないことだけが少々問題だったが、それでも便利さと家賃の安さには代えられない。錆びた階段をゆっくりと登り、私は自宅の鍵を差し込んだ。  ふと、ここでポストを見るのを忘れたことに此処で気づいたが、戻る気にはなれなかった。万が一おかしなものが入っていたら、と思うとどうしても夜見るのは少し怖い。  あまりに被害が続くようならば、警察に相談しなければならないだろう。鈴唯は優しいが、それでもか弱い女の子だ。ボディーガードをしてもらうなんて真似は出来ないのである。  幸い、私の私物がなくなるのは会社近辺にいる時だけ。自宅はまだ突き止められていないはず――今はそう、信じていたかった。いかんせん、このアパートはオートロックでさえないのである。 「ただいま……」  誰もいないのがわかっていながらも、玄関に入り声をかける。ふと、傘立てに視線を向けて、声をあげた。 「あー……しまった」  臙脂の立派な傘が、傘立てに刺さったままになっている。新しい傘を買って鈴唯にコレを返さなければならないと思っていたのに。拭いて、傘立てに立てたらそのまま忘れてしまっていたようだ。帰り道にデパートで傘を買って帰ろう、とその日には思っていたというのに。 ――返さないと。これ、高そうだしね……。  何気なく傘に手を伸ばした、その時である。 「え」  ぼろり、と。臙脂の傘の取っ手が取れてしまった。私は青ざめる。高い傘なのに、まさか壊してしまったのだろうかと。だが、肝心なのはそんなことではないとすぐに気づく。  取れた取っ手が、ころころと玄関のタタキを転がる。転がりながら、ぶわり――とその中身を溢れさせる。そう。  それは、明るい茶色の髪。 「え……え?」  私は、頭が追いつかなかった。どうして取っ手の中から、髪の毛が出てくるのだろう。それも、小さな柄の部分にぎゅうぎゅうに詰め込まれた髪の毛。しかも明るい茶髪ということは――まさか、その髪は、鈴唯の。
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