【化け物】

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 ──いつだって身を滅ぼすのは、「流行の最先端」をいった【愚者の産物】である。  そんな話を聞かせてくれたのは、一体誰だっただろうか。  まだ彼が幼い頃の、遠い日の記憶に佇む、ただひたすらに黒い影の存在であろうか。  そんな単純な記憶すらも曖昧な理由は、純粋にその時の「記憶」を思い出したく無いから、なのなもしれない。  それほどに、酷く穢れきったドス黒い闇が未だに脳にへばりついて離れない。離れてくれない。  忘れたくても忘れられない──故に、影の存在の正体を、彼だけが知っている。  幼かったあの頃。  まだ彼と【影】の存在が姉弟だった時の、忌々しい記憶。      赤黒い瞳を血ばらせながら、自らの肉親である男女を食い殺した、尊敬し、愛していたの記憶。その光景と惨劇。 「……人間っていうのはね、常に愚かで、浅ましくて、下らなくて。心の底からどうしようもない生物なんだよ」  ──だから殺してあげるの。それがたとえ私を産んで、貴方を産んだ肉親であっても。  そう言って笑う彼女の口には、ゴキャゴキャと骨を砕く音と共に咀嚼される両親の指が、口内から助けを求めるかのように、揺れ動いている。  ぶちゅり。  と音をたてて、一本の指が少年の足元へと転がってくる。それを目だけで追う少年の瞳には、滂沱(ぼうだ)の涙が溢れ、途切れる事を知らずに流れ続けている。 「……けど。もし私と一緒に来たいって言うのなら。『ソレ』を食べる事が出来たのなら、連れて行ってあげてもいいよ♪」  優しかった姉の姿は、その時の少年の瞳には酷く歪に見えたに違いない。……いや、そんな言葉では決して表現出来ない、ひたすらに純粋な「悪」がそこに誕生していた。  自らを産んだ肉親を殺害し、あろう事か肉親を、自らの弟の前で切り刻み、解体し、咀嚼する。  その様子は、残酷というよりは残虐で、残虐というよりは悪逆だった。  そんな、酷く歪み、狂い、穢れきった彼女から差し出された両親の指。  もはやどちらが母親のものなのか、父親のものなのか、それすらも判別出来ない程に食い荒らされていた『ソレ』を、まだ7年という月日しか経過していない幼き少年はひたすらに見つめていた。  これが自分の両親の一部だなんて、認めたくないがために。  現実から背きたい一心で、それを肉体の一部としてでは無く、別の何かとして捉える事にしたのだが……。  あの指で、優しく撫でてくれた時、手を繋いで歩いていた時の記憶がフラッシュバックし、少年は思わずその場で崩れ落ち、消化したはずのものを全てぶち撒ける。 「──さぁ、選びなさい。コレを食べて私と共に来るか。それとも今ここで私に食べられて死ぬか……」  そんな少年の様子に、心配する素振りは一切見せず。  ニッコリと笑う姉のその笑顔は、いつも優しくしてくれていた、あの時と同じ笑顔であった。  少年は思わず、震える手のひらを差し伸べる。    その手を取れば、こんな苦しい思いも、悲しい想いすらも、全てはこの「化け物」と化した姉が喰らい尽くしてくれるかもしれない。  それは一種の現実逃避に等しかったが、それでも良かった。──むしろ、そうしたかった。  愛した両親も、尊敬していたはずの姉も。  目の前の「化け物」がその全てを奪い去った。  故に少年は手を伸ばす。差し出された両親の指の方へ。  これを食べれば、僕はまだ生きる事が出来る。姉と共に生きていく事が出来る……。  そんな甘い言葉に誘われ、少年が手を伸ばした先には──今まさに両親を咀嚼している姉の方だった。 「……? 何をして……」  不思議そうに此方を眺めていた姉の瞳に、少年は自らの指を突き立てて、そのままの勢いで姉の顔面を貫いた。      
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