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~東京都・中央区ーーとある施設にて。~
足元に転がる腕と足。
鉄分を多く含んだ、生臭さに似た血液の匂い。
それを見る度、嗅ぐ度に、いつもあの時の光景を、そして姉だったモノがよく言っていた言葉を思い出す。
「……いつだって身を滅ぼすのは、流行の最先端をいった愚者の産物である、か。化け物がほざく言葉にしちゃ的を得てんな」
荒々しい口調で吐き捨てられる言葉と同時に鼓膜を震わせるのは、透き通る少女のような声。
白と黒を主にしたメイド服に身を包む、美少女と見間違える程の美しさを見せる少年は、心底面倒くさそうに、灰色の長髪をかき上げながら男に質問を投げかける。
「……さて、ンなどうでもいい話よりも有意義な話でもしようか。──とりあえずアンタ今から死ぬけど、何か言い残した事とかある?」
腕と足をもがれた赤黒い瞳をした一匹の「愚者」を睨み付けながら、ガーターベルトに取り付けてあるホルスターから一丁拳銃──ベレッタ92をドロウし、銃口を容赦無く突きつける。
時刻は、夜の3時を少し過ぎた頃。
白く輝く月が、東京の街並みを照らしているであろう時間帯に、静寂と静謐さが支配しているはずの館内は、今は血と硝煙の臭いの蔓延する戦場と化していた。
大理石で作られた通路には、男の血が雨粒のように滴っており、剥き出しにした犬歯に口元から溢れ出る透明な液体からは、鼻をつまみたくなるような臭気が漂っている。
鉄の臭いと、その場でイノシシにでもかぶりついたのかと問いたくなる程の獣臭とが混じりあい、元々この場所が美術館であったとは思わせない変わり果てた空間の中で、少年は倒れ伏す男と一定の距離を保ち、眦を鋭く向けていた。
「……黙り決め込んで無いでさぁ。とっとと俺の質問に答えてくれねェか? 何が楽しくて冴えないおっさんを虐めなきゃならねェんだ。こっちはそんな悪趣味なモンに時間費やしてやる程暇じゃないんだよ」
「……だったら、早く私を解放してくれないか。先程からずっと言っているだろう。私は普通の人間だと」
「薄ら寒ィギャグなら地獄に落ちた後にしてくれや。……つまんねェんだよ。クソ下らねぇ話してねェでとっとと吐けよゴミ野郎」
吐き捨てる言葉と同時に、一瞬の内に距離を詰めてグリップ部分で男を殴りつけるが、それでも一向に口を割ろうとしない男に少年は表情を歪ませるばかりであった。
一人と一匹が睨み合い、互いに隙を見せまいと緊張状態を維持している。
「以前までは」有名な美術館として運営されていた施設内で、何故銃を手に取るような状況になるのか。
それについての解答を、今まさに少年の方から男の方へ提示するよう「頼んでいる」のだが、依然として男からの返事は無い。
仕方なく腕を切るなり足を引きちぎるなりして吐かせようと考えたのだが、どうやらそれが裏目に出てしまったようだ。
完全に男は敵意と殺意を剥き出しにし、今にも少年の方へと襲い掛かってきそうな様子だ。
欠伸をしながら、此方の隙を伺っている男の方へと、再度質問を繰り出す。
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