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#8京北ガール
大会当日
試合の日は朝が早い
「美紀、美紀、早く起きなさい」
「んー……あともうちょっとだけ……」
「寝たら死わよ」
そんな極寒の地みたいに言わないで…
…真夏よ?今
そのまま布団でウダウダしていたら、私の名前を呼ぶ母の声が段々と低くなっていくことに気付いたので動くことにしました
「わかりました…」
時計を見ると4時30分と表示されている
「あの…お母さん?早すぎない?」
「これくらいでいいのよ、あんたの起動時間を考えれば」
「そんな、コンピューターみたいに…」
それを聞いて母は台所で笑っている
朝から元気で明るい人だ
私は母のいる台所に足を運んだ
台所に入るとコーヒーの香ばしい独特な香りが私を包んだ
コーヒーメーカーがコポコポ音をたてて仕事をしているおかげだろう
とても癒される
「おはようございま~す…」
「おはようさん、あっははは、ダルそうね」
「んー……」
まだ眠気が…
母は私の顔を除き込む
「ん…なに?」
「美紀、ホントに顔がひどいね」
お母さん…酷いよ…
「顔洗ってきな」
「はい…」
洗面所へ向かう
仮にも女の子だよ?自分の娘よ?顔が酷いなんて言うかね普通
洗面所に到着
鏡で自分を見て母の言葉に納得した
酷いわこりゃ…
髪はボサボサ、ダル眠そうな顔
冷たい水で完全に身体を起こして
身だしなみを整えにかかる
いったん髪を濡らしてドライヤーで乾かし、櫛で髪をといて
あとはヘアゴムで後ろに留めれば
できあがり!
よぉし
ポニーテール完成!
左右を向き鏡に映して確認する
うむ、いつも通りだ
リビングに向かうと
既にテーブルに朝食が並んでいた
ご飯、味噌汁、ウインナー、目玉焼き、キャベツの千切り、納豆
美味しそう…
壁にかかる時計をみると4時45分
まだまだ余裕があるし
ゆっくり食べれそうだ
母は座ってコーヒーを飲んでいる
「コーヒーいる?」
「あー、うん、ほしい」
「はいよ」
コーヒーメーカーからコーヒーの入った容器を取り出し、コップに注いで私に渡してきた
再び鼻にフワッとコーヒーの香りが広がった
「なんかいいね…朝って感じで…」
そう言うと母は笑顔を返してきた
コーヒーの入ったコップを握ってボーっとほんわかした気分を味わう
「ちょいと美紀、呆けてないで、さっさと食べなよ、冷めるよ?」
「ああ、うん」
私は手を合わして朝食を取り始めた
その横で母はトースターで食パンを焼き始める
いやいや、なんで?
「お母さん、なんでパンなの?」
「え?パンが食べたいから」
あっ、そうですか…じゃなくて!
「だったら私もパンでいいよ、お母さん手間でしょ?」
「別にそこまで手間じゃないし。それに美紀はパンよりご飯の方がいいでしょ?納豆食べるんだから」
「あ~…うん、まあ」
「納豆食べて、おっぱいでかくするんでしょ?」
「べ、別にそういうんじゃないから、それはついでだから!一番は健康のためだから!」
「ハイハイ」
母は面白そうに笑う
デカイ人はいいよね…
ご飯に納豆をかけ、それを口のなかに駆け込む
美味しい~
それもあるけど、育ってね
お願いします!育って!
私は自分の胸に祈るしかないのだ
胸に祈る…
あっ、うまいこと言ったかも
机の端を見ると
元気ハツラツ系の栄養ドリンクがおいてある
「これは?」
「ああ、それは今日の試合頑張ってもらおうと思って買ってきたの 。今日全勝するんでしょ?」
そんな事、微塵も言ってない
「誰が言ったのさ、そんな事」
「お父さんが言ってたわよ~」
おとん…
できない約束はしないけど
せっかく買ってきてもらったのだ
ここは前向きな返答を
「……頑張る」
「うん、よろしい」
ポンっと肩をたたかれた
朝食を終えて歯を磨き
胴着、水分、タオル等が入ったスポーツバッグを車に積み込む
「お母さん、準備できたー」
「んー、今行くー」
夏場だが朝は涼しくてスカッとしているので気分がいい
ググゥ~と身体を反って伸びをする。そして脱力
「ふぅ~…」
落ち着く……
「なになに?あんた緊張してんの?」
戸締まりしながら母がきいてきた
「うん、かなり」
そう言うと母は高らかに笑った
よく笑う人だ
そのまま車に乗り込む
「あっはははは、美紀、それは早いって、くくく…早すぎだって」
「笑いすぎだっての」
「だってさぁ~」と母が話を続けようとするので
「早く出して」と発進を促した
余裕がなくなれば更に緊張感が増すからね
朝の静かな京北の町を一台の車が走る
運転中の母は思い出したかのようにフッとふきだした
「なに?」
「いやね、今から緊張してたら持たないでしょって。試合会場入ったらどうなんのさ」
「爆発するかもね~。ユニバァァァーース!!とか言いながら」
母は爆笑した
朝からずっとこんな調子だ
母が笑い死にしないか心配…
そうこうしている内に学校に到着
「そんな緊張すんなよ」
「全勝しろだのなんだの、緊張させることを言ったのは誰さ」
「ん?アタシだよ?」
はい、そうですね
真顔で返されちゃったよ…
車から荷物を取り出して肩にかける
「あんなのただのたわ言だよ」
わかってるよ
でもそれはお母さんの期待だよね
「勝敗なんて気にせずいつも通りやってきなよ。勝とうが負けようが、美紀の試合はいつも面白いんだから、大丈夫!」
お母さんの期待には答えたい
もっと喜ばせたいけど
この気持ちが後々プレッシャーになる事を私は知っている
試合とはそういうものだ
今日の試合も、いつも通りの動きができたらなぁ……
今気にしてもしょうがないよね
「オッケーオッケー、んじゃ行ってくるわ」
集合場所の剣道場へ前進
「頑張れよ~。あとで応援行くからね~」
へいへいと後方にいる母に手をふる
そのまま仲間の元へ
「あっ、みー子!おはよー」
すでに理穂は到着していた
「おはよう。早いね」
「そう?昨日は緊張して眠れなかったよ~」
「あー、初めはそうかもしれないね」
「おっ、経験者は違いますなぁ」
と言いながら肘でつつかれた
こしょばいからやめて…
男子の先輩達もすでに集まっている
「あれ?もう1人は?」
「あー、由香は今トイレに行ってるよ。これで3回目だけど…」
3回目!?
「……」
「お腹壊してるのかな…」
おいおい、大丈夫か…
数分後、由香が集合場所に戻ってきた
「おー、山田きてたんか」
「そりゃ、もうすぐ集合時間だからね。あのさ、大丈夫?」
少し間が空いて自分に指を差す
「私?」みたいな感じに
そうだよ…おめー以外に誰がいるよ
私は頷いた
「ウチに言うてんの?」
「うん」
せやで
私は深く頷いた
「どう見ても絶好調やろ!」
「嘘つけ!」
よく、自信満々に言えたな
本日の試合は
京都市内にある武道センターで行われる
移動は先生と先輩の親の車
だいたい到着は1時間半程度かな
よしよし。少し寝れる
それぞれ荷物を車に積み込む
「ちょい、ちょい、山田」
「ん?」
「ウチの荷物積んどいて!ちと、トイレ!」
「はいはい」
しっかり不調じゃん!
準備が完了し、学校を出発
女子は3人共先生の車に乗り込んだ
「由香、大丈夫?」
心配そうな理穂
「余裕余裕!」
「ほんとに?」
「ホントにホント!」
「ならいいけど…」
そりゃ、4回もトイレに行けば心配になるよね
とにかく会場まで時間もあることだし
休みますか
瞼を閉じてゆっくり息をはく
試合の事は考えない…
リラックス…リラックス…
……
「山田~」
無心の所に由香が入ってきた
「どした?」
「しりとりしよや」
「……1人でしてくれ」
「ウチそんな寂しい事できひん!」
もぉ…
「じゃあ、エアしりとりでもやってなよ」
「同じやんけ!」
しつこくねだり、身体を揺らしてくるので、しりとりをすることにした
最初は由香から
「じゃあ、りんご」
「ゴリラ」
「ライオン」
「おやすみ」
私は仮眠に入った
「待て待て待て!ちょい待ってって」
「なに?」
「5機!ライフポイントは5機にしよ」
「5?はぁ…わかったよ。5機ね」
私と由香の長いしりとりタイムが幕を開けた
横では理穂がスヤスヤ寝息を立てているのに
本当に羨ましい…
ー1時間半後ー
車の窓から外の景色を確認
「あ、もうすぐ着くよ」
「え?もう着くん?早いなぁ!しりとりして正解やな!面白かったやろ?」
「しりとり?内村が弱すぎてしりとりにならなかったじゃん」
「そんな事ないやろ~。今までしりとりやってきたんやし」
「それは、途中から内村が無敵になったからだよね」
5機のままだったら、とっくに終わってるし、オーバーキルだよ
「まあまあ、小さい事は気にしなさんな。もう着くから理穂起こそうや」
由香は朝よりもずっと明るい表情になった
ちゃんとリラックスできたみたいだし
私の中にあった緊張感も大分ほぐれた気がする
ありがたい。結果オーライだ
武道センターの近くで車から降ろしてもらい、荷物を持って前進
周りは多くの人で溢れていた
「何?この人の数…ヤバいやん」
「武道センターはまだ開いてないみたいだから、みんなここで待ってるんだよ」
「まだ時間あるかな?」
「あると思うよ」
「トイレ行ってくるわ」
「……ああ、うん」
5回目……どうしたんだホントに
由香はトイレへ前進し、私達は竹刀袋から竹刀を出してすぐにアップができるように準備をする
そうこうしている間に武道センターの入り口が開放された
周りいた人達は観客席の場所取りに我先にと駆け出して行く
「わっ、わわ、押さないで、うわ~!」
理穂は人の波にそのまま流されていった
あちゃ~…
私はとにかく先輩達にはぐれないように付いていく
武道センターは二階建てで、上が観客席、下が試合会場となっている
試合会場は6コート作れるくらいの広さで、けっこう広い
私達は何とか観客席を人数分確保することができた
次は胴着に着替えてアップするんだけど…
「おい、山田。他の二人は?」
「えっと、1人はトイレでもう1人は行方不明です」
「お前らほんと自由奔放な…」
先輩達は笑っていた
「とにかく男は下でアップしてるから、全員連れてこいよ」
「はい!わかりました」
スマホ、スマホ
二人に連絡とらないと
理穂は連絡がついたのですぐに合流できた
由香とは連絡がとれない
「まだきばってんのかな…」
武道館が開いてない時だったから外の備え付けトイレか
「理穂は胴着に着替えといて。私内村探してくる」
「わかった。ありがとう」
私は野外の備え付けトイレに前進
鍵が閉まった扉を一つ見つけた
「あのぉ…内村?」
「あっ!山田!」
ビンゴ!
「助けて!トイレットペーパーないねん!」
「はいよ…」
手洗い場の上にトイレットペーパーが積んであるので、それを上から投げてやった
「ありがとー。マジで助かったわ~」
「なんでそんなにお腹壊してんのさ」
「……緊張でお腹ゆるくなってるみたいなんや」
なにモジモジしてんだ…
「そっか…5回もトイレいったら、さすがに出しきったでしょ?」
「いや、どうやろ…」
顔に不安がある
「緊張し過ぎだって。ほら行こ!アップ始まってるよ」
武道センターに戻ろうと思ったら、グッと胴着の袖を捕まれた
「どうしたの?」
「……漏らしたらどないしよ」
……はぁ
「待っててあげるから、もう一回行ってきたらどう?」
「ホンマごめん!行ってくるわ!」
6回目……
数分後
やっと会場へ戻る
「みー子、お帰り!探すのけっこうかかっちゃった?」
胴着姿の理穂が待っていた
「いや、かかったのは内村のトイレだよ」
「あう……」
赤面しながら俯く
「でも、もう大丈夫だよね。6回も投下したんだから」
「投下したとか言うなぁ!」
赤面しながらポカポカしてきた。少し涙ぐんでるし
可愛ええのぅ…
「てか、早く着替えなよ!アップ出来ないよ」
「ああ!そっか!」
由香は急いで更衣室へ
私と理穂は防具と竹刀の準備した
準備が完了して三人そろって下に行く
試合会場は各学校の剣道部達がアップの打ち込みで溢れかえっていた
ダン!ダアァン!!と響く踏み込み足
バチバチ打突する竹刀の音
気合いの入った発声
様々な音が入り交じっていて
館内は常に「ワァァァァーー」と威圧感のある活気満ちた状態となっていた
初めての人はよくこの場の雰囲気に圧倒されて収縮してしまいがちになる
横にいる由香を見ると目が点になっていた
「おーい、内村ぁー、会場にのまれるなよー」
「……」
ギギギギギっと音がなりそうな感じでゆっくりと私に顔を向ける
「な、なな、何言うてんの……大したことないなぁーこんなん…」
いや、ビビりまくってんじゃん…
理穂も固まっている
ポンポンと肩を叩くと少しビクッと反応した
「大丈夫?」
「あ、あははは…うん」
顔から緊張が見てとれる。理穂も緊張するんだねー
「どうする?先輩達どこかな?」
「いや、もう時間がないから、空いた場所見つけて三人でアップしようよ」
「わかった」
「……」
「内村ー、生きてる?」
「あ、お、おん!生きとるで?」
どうやら、いつもの君は死んでるみたいだね
端を通って進み、空いた場所で防具を装着し、三人でアップをした
と言ってもアップを初めて早々に
「開会式があるのでアップを終了してください」とのアナウンスが入ったのだが
結局面打ちしかできなかったし
身体もまだまだ暖まっていないが、端に下がって面をとる
「開会式かぁ…仕方ないよね…」
と理穂は苦笑い
「ごめん二人共!ウチのせいで…」
由香が申し訳なさそうに謝ってきた
「いいよ、いいよ。時間見つけて各人ごと素振りすれば大丈夫だから」
と一応フォローしたら手を握って
「山田…あんたホンマにええやつやな…」
と言われた
トイレットペーパー与えて、ワンフォローしただけで?
「何か嘘くさい…」
「はぁ!?本心やのに!」
思ったつもりがつい口に出てしまったらしい
まあ、いいや。本心だし
「やっぱ前言撤回や!あんただいぶひん曲がっとるで!」
ギャーギャー耳元で騒ぐ由香
鼓膜が痛い
理穂はそれを見て笑っていた
由香もいつもの調子に戻っている
いつもの二人だ
やはりこうでなくてわ
「開会式を始めます。各学校ごと集合をお願いします」とアナウンスが入る
「始まるね!よぉし!」
「おっしゃ!やりますか!」
最初はあんなに固まっていたのに
今は問題なさそうだ
さてさて、この三人でどこまでいけるか
剣道部女子が私1人だけだった中学の頃には感じた事のないこの気持ち
今は楽しいし、なぜか、少しばかりスリルを感じている
例えるなら大晦日のカウントダウンで年が変わるちょっと前のあのドキドキした感じ!
よくわからない例えしかできなくて、すみません…でもそれに似ていると思います
あともう少ししたら試合が始まる
すごく楽しみだ
私は自分の胸の鼓動が次第に大きくなるのを感じていた
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