第一章「可愛いは嫌なのです」

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ーー俺、早乙女南(さおとめみなみ)は高校一年生。今はもう六月、入学して早二ヶ月が経とうとしていた。 思えば俺は、この世に誕生してきたその瞬間から不幸だった。四人姉弟の長男と言えば聞こえは良いが、実際は上に姉が三人で俺は一番下。 小さい頃は姉達のおもちゃ、それなりに成長してからは姉達のパシリ。俺の口は一つ、あっちの口は三つ。俺が一つ文句を言おうものならいつも三倍になって返ってきた。 一番上の優希(ゆうき)ねぇは大学を卒業したばかりの二十二歳、印刷会社の事務として働いている彼女は、毎日疲れ果ててリビングのソファで寝ていることもしばしば。 この前なんか酔っ払って帰ってきたと思ったら、俺を嫌いな上司か誰かと間違えて「コキばっか使うなこのハゲ」って首を絞められた。普段コキ使われてるのは俺の方なのに、本当冗談じゃない。 次女の千里(ちさと)ねぇは、今年大学に入学した十八歳。大学入学を機に念願の一人暮らし、と言っても家から電車で一時間もかからない距離なので未だに頻繁にパシリに使われてる俺。 煩いのが一人減って俺の苦労も少し減ると喜んでいたけど、結果的にあんまり変わってない。寧ろ「〇〇買ってきて」って言われて届ける場所が遠くなった分、面倒くさくなった気がするのは俺だけ? そして三女の渥美ねぇは、俺の一つ上の高校二年生。家族内で一番頼りにしているのが、実は渥美ねぇだったりする。 母親と娘達にデレデレで何かと甘い父親と、柔和な雰囲気ながら実は姉達に輪をかけて恐ろしい母親と、そして歳が離れているからか気軽に相談できる雰囲気でもない長女と次女。 そんな中で歳の近い渥美ねぇを、俺は何かと頼っている。一番俺にエゲツない態度なのもこの人だからあんまり褒めたくはないけど。 とまぁ、こんな感じの早乙女家では俺の権限は無に等しい。俺含め顔だけは良いので、昔から美人な姉達を羨まれてきたけどそんなのは幻想だ。 良いのは外でだけ、家での姿なんか思い出すのも恐ろしい。それを外で暴露しようもんなら俺に明日はないので、そんなこともしない。普段は文句言いつつも、姉達に従っている。 というか俺の人生の最大の問題は、姉達ではない。いや、そこも大概だけど俺が抱えている本当の苦悩はそこじゃない。 問題は、俺にある。 「カッコいい」じゃなくて「可愛い」、今まで女子達にそう言われたことしかない。 白い肌に長い睫毛。ぱっちりの二重と小さめの唇。背も高くなくて、食べても太れない。それに加えて姉達にパシられるせいでやたらと女の流行に詳しい。 ヘタレで何でも顔に出るから、すぐからかわれるし。反論しても「怒ってる、可愛い」でいつも終わった。 始まりはそうーー幼稚園の時から。
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