食材の声

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 それを初めて聞いたのは、小学校に上がって間もない頃だったと思う。  その時の食事が給食だったのか弁当だったのかは覚えてない。ただ、食べようとしたらどこからか声が聞こえた。 『食うな! 食わないでくれ! 俺は食われたくない!』  その声に、ひたすらきょとんとしたことをはっきりと覚えている。  と家先生にどうしたのかと尋ねられ、我に返った俺は目の前の食事を平らげた。でもこれ以降、朝も昼も夜も、食事のたびにその声を聞くようになった。  内容は全部同じ。『食わないでくれ』という意味のもの。  何をしても聞こえるそれは、目の前の食事に手をつけないと聞こえなくなる。だから俺の食欲はみるみる落ち、周りが心配しても最低限の食事しかしなくなった。  その際、どうして食べないかとの問いかけに本当のことが言えず、食材が苦手だと答えていたせいで、今や、俺は物凄い偏食周りに認識されてしまっている。本当は食べ物の好き嫌いなんてないのにな。  でも、偏食扱いされても、食事のたびにあの訴えるような声を聞き続けるよりはずっとマシだ。そう、長いこと思ってたよ。  だけど、こっちが色々耐えながら最低限の食事をしているのに、まだ『食うな食うな』ばかりの食物に、ついに俺の中にも苛立ちが湧いた。  俺が口にしているのは、手に入れるのがとても困難な希少食材とかじゃない。普通に田畑で収穫される米や野菜、家畜として育てられ、食肉用に育まれた動物の肉だ。  人間が必死に育てた、人間が食うための食材。それを口にすることはそうまで文句を言われることか? そもそも、食卓で食うなと訴える前に、殺すなとか出荷するなとか、まずその抗議をするへきなんじゃないのか?  聞いてもらえない? …だったら、俺も無視すればお前らは諦めるってことだよな。  気持ちがそう切り替わって以来、俺は遠い昔のように何でも食べるようになった。  常に栄養不足でへろへろだった体は、今は健康そのものだし、偏食家のレッテルも拭えたから、今は色んな所で色んな人と食事を楽しんでいる。  絶滅する程あれこれ食い尽くしたり、ろくに口もつけずに食品を捨てたり…は絶対しちゃいけないことたと思うけど、そうでないなら、それなりに色々な物を食べる権利が人間にはあると思う。  ちゃんと残さず食べるし、食材に感謝もする。俺は死ぬまでそういう気持ちでいるから、どうかこの先は、不満の声を俺に届けないでくれ。 食材の声…完
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