家政婦ノミタ~真夜中の彼女~

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家政婦ノミタ~真夜中の彼女~

 私の名前は蚤田アカネ。この春から家政婦として働くことになった。  登録していた斡旋会社から紹介された家は、部屋がいくつあるのかわからないほどの大豪邸だった。そこのご主人である前田ユウサク氏は複数の会社の取締役として忙しいようで殆ど家にはおらず、奥様のアヤメさんが家の中を取り仕切っていた。  前田家にはもともと五人の家政婦が勤めていた。そのうちの一人がある日突然なんの連絡もなしに来なくなったそうで、その補充として私が雇われたかたちだ。  勤務初日、奥様がまず私に命じたのは娘の世話だった。この家には二十歳になる娘がいるのだそうだ。マキという名のその娘は最近無断外泊をしたとかで、今はその罰として自室に閉じ込められているらしい。どうやらかなり厳しい家庭のようだ。  世話というのはなんのことはない、ただ二階にある彼女の部屋まで食事を運ぶだけでいいそうだ。ただし、そのルールが厳格に決められていた。彼女の部屋には絶対入ってはいけない。食事は部屋の前に置かれた配膳台にのせるだけ。時間は厳守。朝八時、正午、夜七時の三回。それに加えておやつも運ばなければならない。昼の三時と、なんと夜中の三時にも。二十歳にもなったいい大人が毎日三時のおやつとはなんだか微笑ましくも思えるが、それが夜中の三時もとなると少し奇妙な気がしてしまう。夜食だとしても時間が遅すぎる。  それよりも驚いたのはその量だ。三度の食事はまあ一人前よりも少し多いくらいの程度だが、おやつが半端ない。特に夜中の分はおやつの量を遥かに超えていた。年頃の女の子といえば体型を気にしてダイエットに励むものだが、マキさんは平気なのだろうか。もしかしたらすでにかなり太っていて、だからその姿を見られたくなくて私を部屋に入れないのかもしれない。って、私には関係のないことだ。家政婦として与えられた業務を粛々とこなすだけ。  そんなことを思っていると、先輩家政婦の一人が私に歩み寄ってきた。彼女は周りを警戒しながら私に耳打ちをした。 「忠告しておくわ。決められたルールは絶対守りなさい。さもないとあのこみたいに……」 「あのこ?」 「あなたの前任のこよ」 「それって……」  そこへちょうど奥様が通りかかった。そのせいで会話は途切れた。彼女は会釈をしてそそくさと去っていった。  私の前任者は、いったいどうなったというのだろう。でもそれを確かめるチャンスはなかなか訪れなかった。  昼間なら何の問題もなかったが、それが毎晩ともなるとさすがにきつかった。夜中三時のおやつだ。
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