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秘匿の水
疾風が真幸の会社に電話をかけても、一切真幸と連絡は繋がらなかった。
真幸に疾風は拒否されていた。
真幸との関係が終わってからしばらく経って警務部に、真幸との癒着を示すであろう疾風の写真が届いた件で、疾風は事情聴取を受けることになった。
疾風が真幸と出会った、3年前の所轄のマル暴時代から遡り、誠竜会幹部の殺害事件を担当し、犯人逮捕に至った経緯から現在に至るまでの、疾風の職務内容から素行などの調査が秘匿に進められていた。
「ここに呼ばれた理由は分かるかね?」
首席監察官に尋ねられ、疾風は真っ直ぐな目で首席監察官を見る。
「全くわかりません」
「この写真の場所に見覚えは?」
写真を見せられても疾風は顔色ひとつ変えない。
「どこかのタワーマンションだと言うことは分かりますが」
淡々と答える。
「このマンションに、政龍組の構成員、飯塚真幸が住んでいることは知っているね?」
首席監察官の言葉に疾風は首を振る。
「君が何度かこのマンションに訪れているのは調査済みだ。君がこのマンションを訪ねていた理由は飯塚真幸だね?」
「いいえ。暴力団と個人的な付き合いは一切ありません。そのマンションに俺が行ったという写真は、誰からの情報でしょうか?」
逆に疾風は尋ねる。
「一般市民からだ」
「苦しい言い訳ですね。俺も誰からも恨みを買っていないとは言いません。元警察内部の人間ですよね」
首席監察官が他の監察官を見る。
「俺は、飯塚真幸と個人的な付き合いは一切ありません。ただ決定的な証拠を提示していただければ俺もそれに従います」
今はまだ疑いの段階で、服務規程違反とは言い切れなかった。
「ただ、警察官が暴力団と個人的な付き合いがあるのではと、一般市民から疑いがかけられるのは由々しき問題だ。精査後、後日改めて処分決定をする」
疾風は椅子から立ち上がると頭を下げた。
「君の今までの活躍を、私達も認めていないわけではない。ただ、問題が上がった以上、それを無視するわけにも行かない」
首席監察官の言葉に疾風は微笑んだ。
「ありがとうございます。俺はどこに飛ばされても構いません。刑事を退職させられたとしても後悔もありません。失礼します」
疾風の潔さに首席監察官はフッと笑った。
「さすが、肝が座っている。あれは父親譲りだな」
楽しそうにそう呟くと、隣にいた監察官も笑った。
疾風は、写真をリークしたのは、田所だと思っていた。
田所は白竜組の覚せい剤の件で、懲役1年6ヶ月執行猶予5年の判決が下っている。
疾風に復讐を考えるのであれば、田所しか思いつかなかった。
まあ、いい。
真幸が去ってしまった以上、それもどうでもいいことだ。
刑事として終わったとしても、二度と真幸と会えなくても、所詮は自分の失態だ。
写真を撮られるほど、俺に危機感がなかっただけだ。
疾風は喫煙所で煙草を吸い始めた。
白い煙が、龍のように上にゆらゆらと上がっていく。
そしてただ黙々と煙草を吸う。無の境地だった。
その後、疾風の決定は、あまり時間もかからず下された。
写真と聞き込みで、確かにあのマンションに疾風が訪れていた形跡は認められるものの、それが真幸との個人的な繋がりには結びつかないと結論づけられた。
しかし、現在の警察への不信感を払拭するにはお咎めなしとは行かず、疾風に下った処分は臨時異動という形になった。
そして疾風は葛飾区にある、金町警察署の刑事課への異動が決まった。
どこに移ろうとも刑事を続けていけるのなら、疾風にとっては不満はなかった。
もともと警視庁に行くことが第一の望みでもなかった。所轄であろうが、刑事として生きていくことが大事だった。
工が疾風の顔を知ったのは、疾風が金町警察署に異動になってから直ぐだった。工が五島に頼み込み、五島の子分が疾風の調査をしたのだった。
真幸がまだ情緒不安定だったために、昼間は必ず数名が交代で真幸を見守っていた。
その間に工は情報収集をしていたのだった。
これが、椎野疾風か。
初めて見る疾風の顔写真に、工は正直心中穏やかではなかった。
真幸の左手首に残った傷は、疾風を忘れられない証にもなってしまったからだ。
「他にも、面白い情報を入手したぜ。この椎野って奴を陥れたであろう男の名前」
この子分は、警視庁の組対の刑事と繋がりがあり、今回の異動に関しての噂を聞いていた。
「白竜組が覚せい剤で捕まった時に、警察の不祥事も一気に表に出ただろう?その時麻取の捜査で捕まった、警視庁の捜査一課の管理官がいたんだ。田所という男だ。そいつが逆恨みしたんだろうって噂になっている」
子分の話に工はニヤリと笑った。
「助かりましたよ。椎野と言う男も知りたかったんですが、元凶が知りたかったんです」
真幸を壊した男を、絶対に許さないと工は自分に誓っていた。
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