秘匿の水

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飯塚組長が入院と聞き、泉水、真幸、聖、昴、保昌が呼び出された。 泉水は、父親から飯塚組長の話を聞いた時は正直驚いた。 まさか自分の父親が、裏社会の大物と繋がりがあったなどと信じられなかった。 しかも飯塚組長は、例の当麻議員の秘密のノートにも載っていた人物である。 ノートを焼いてしまった泉水は正直会うのが怖かった。 もしバレていたらと思うと気が気ではない。 黒崎グループの総合病院の特別室の前に到着すると、泉水はある人物を見て更に驚いた。 「飯塚組長のお孫さんの飯塚真幸君だ」 昴が泉水と聖に真幸を紹介する。 日本の最大勢力を誇る暴力団組長の孫が、真幸だと泉水は初めて知ったのだ。 「こんなところで、真幸さんの正体を知るとは」 泉水の言葉に真幸はバツが悪かった。自分は泉水の存在をだいぶ前から知っていたが、知らないふりをしていたのだ。 つい先日バーで飲んだ時も、真幸は正体を明かすつもりはなかった。 一生泉水には知らせないままにしておきたかったのにと思った。 特別室に入ると、五島と伊丹が顔を下に向けていた。 伊丹は悲しみに耐えられないのか、口に手を当て肩が震えていた。 「……真幸。黙っていたが、親父はもう長くない。昴さん、保昌さん、わざわざ泉水さんと聖さんまでお呼び立てしてすみません。どうしても、最後に皆さんに会いたいと仰って」 五島が震えた声で言う。 伊丹は堪らなくなったのか先に病室を出る。 五島も一礼すると伊丹を追って病室を出た。 昴と保昌は神妙な顔で飯塚組長を見る。 「みんな来てくれたか。初めて会うのぉ。泉水と聖だな。昴と保昌は、席を外してくれ。こいつらにだけ、話したいことがある」 昴と保昌はそう言われると、足早に病室を出て行った。 「ここにくる前に、少しは儂の話は聞いてきただろ?儂は黒崎の巌さんに可愛がられてここまで極道として育ててもらった。あの人は神のような悪魔のような人だったからねぇ」 苦しそうに顔を歪めながら飯塚組長は話をする。 「黒崎家と御笠家は、日本を代表する大財閥だ。昔から深い繋がりのある家でもある。それこそ、公家と武将の時代からのな。巌さんから儂は、黒崎家の昴と御笠家の保昌を託された」 保昌と昴がなぜ飯塚組長を慕うのか、やっと理由が泉水と聖にも理解ができた。 「次は、儂の番だ。昴と保昌には、もう昔から真幸を託している。だが、これからの時代はお前達3人の時代だ。それぞれの世界でお前達がこの日本を牽引して行ってほしい。儂の全ての力をお前達3人に引き継いで行って欲しい」 飯塚組長は疲れたのかフゥと息を吐くと黙った。 「何、勝手なこと言ってんだよ!俺はあんたの跡目を継ぐつもりなんてねぇんだ!勝手にあっさりくたばろうとすんなや!」 真幸が大声で飯塚組長に怒鳴りつける。 飯塚組長は、優しい目で真幸を見てフッと笑う。 「全く、いつまで経ってもガキだねぇ。ちったぁ大人になれや」 そう言うとゲホゲホと咳き込み、飯塚組長は辛そうに身を起こした。 「今日初めて泉水と聖には会ったが、聞いていた通りだねぇ。お前達の性格を表すなら、泉水は、鳴かぬなら鳴かせてみせよう杜鵑、聖は、鳴かぬなら鳴くまで待とう杜鵑、真幸は、鳴かぬなら殺してしまえ杜鵑、だな」 それぞれ、泉水を豊臣秀吉、聖を徳川家康、真幸を織田信長に例えた。 「お前達なら、しっかり天下を取れる。その姿が見れないのは、残念、だ」 飯塚組長がガクリと(こうべ)を垂れ、病室がシーンと張り詰めた空気に変わった。 飯塚組長に何が起きたのか、真幸は分からず凍りついた。 「……おい、何、ふざけてんだよ。おい!起きろよクソジジィ!」 真幸が慌てて飯塚組長の肩を掴む。揺らすが飯塚組長は目を覚まさない。 泉水は慌ててナースコールを押すが、誰も返事をしてくれない。 「飯塚さん!飯塚さん!」 聖も名前を呼びながら飯塚組長の足を摩る。 3人はパニックになっていた。 まさか本当に臨終間際だと思いもよらなかった。 真幸が慌てて、病室を出て医者を呼びに行こうとした。 「なーんちゃって」 飯塚組長が頭を上げ目を開き笑った。 泉水、聖、真幸の3人は、何が起きたのか分からず動きが止まった。 「え?何?何が?」 1番焦っているのはもちろん真幸だった。 聖は腰を抜かしたのかその場にへたり込む。泉水も何が何だか分からない。 ガラリと特別室のドアが開くと、伊丹、五島、昴、保昌が入ってきた。みんな涙を流して大笑いをしている。 「もう傑作だぜ!ちゃんとカメラでの撮影もバッチリ!俺なんてお前達が入ってきた時に、もう我慢しきれずに爆笑するのを堪えるのが辛かったぜ!」 ヒーヒー笑いながら伊丹が言う。 最初見たときに、伊丹は涙を堪えていたのではなく、笑いを堪えていたと知り、真幸は騙した全員に殺意を覚えた。 「ただの人間ドックだぁ。どうせお前達を引き合わせるなら、おもしれぇ方がいいだろう。真幸の顔、マジ面白かった」 楽しそうに大笑いして飯塚組長は言う。 3人はゲラゲラ笑う飯塚組長を殴りたくて仕方なかった。 「悪いがまだまだ儂は死なんぞ!なんてったってカジノもあるし、お前らが飛ばすロケットにも乗らなきゃならねぇからな」 カッカッカと大笑いの飯塚組長に、冷ややかな目を向ける真幸がポツリと言った。 「このクソジジィ。テメェは全人類が滅亡しても生き残るわぁ」
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