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泉水はホテルからタクシーに乗ると、目的地の高層のオフイスビルの車停めで降り中に入った。
IDカードを通すと、上階しか止まらない役員用のエレベーターに乗り込む。
「おはようございます」
地下から乗ってきた専務秘書の浦川すみれがいた。
専務を地下の駐車場まで見送って来たのだった。
「ああ、おはよう」
泉水が返事を返すとすみれは笑った。
「またホテルにお泊まりですか?お着替えはまだ足りてます?」
泉水は苦笑した。昨日と同じネクタイとスーツがバレていた。
「先日クリーニングから返ってきてると思うよ。私の秘書は優秀だから」
泉水は笑う。
「お遊びもお気をつけくださいね」
ふふふと笑ってすみれが先に降りて行った。
「……。やれやれ、モロバレですね」
泉水はまた苦笑いをして、最上階の泉水の部屋に入る。
ドアのプレートにはCEOの文字。
「おはようございます」
第一秘書の咲花流星が挨拶をすると、他の二名の秘書達も立ち上がり挨拶をする。
「おはよう。朝食を食べ損ねたので、会議の前までに軽食を頼むよ。あと、ダージリンよろしくね」
泉水は指示を出すと、奥の部屋に入って行く。
しばらくしてドアがノックされると、流星がダージリンを運んできた。
流星は、泉水が社長になってから秘書についてくれた。今までは他の役員秘書だった。
身長は175cmと泉水より少し低く、学生時代は野球部で鍛えていたと泉水に言っていた。
泉水が一番気に入ったのは顔だった。
上品で美しい顔。モロ、タイプだった。
泉水はネクタイを外してスーツの上着とベストを脱いだ。
「着替えさせてよ」
冗談ぽく泉水は流星に言う。流星はクローゼットから下着類とワイシャツとスーツ、ネクタイを出してきた。
「どうぞ、ごゆっくりお着替えください」
にっこり笑う流星に泉水も笑った。
「いくら独身と言えども、あまりホテルに泊まられるのはどうかと思いますよ。お相手にはお気をつけてください」
さっきすみれに言われたばかりだった。
「大丈夫だよ。身分の分かるものは一切持ち歩いていない。それこそ独身なんだ。誰と遊ぼうと咎める相手もいないだろ」
ネクタイを締めてベストだけを着ると、スーツの上着をソファに置いた。
「曲がってますよ」
流星がネクタイを直す。近くにいるのに手が出せなくて、泉水は流星を無言で見つめる。
流星が、泉水が脱ぎ捨てたスーツ一式をクリーニングの袋に詰めると、ソファに投げられた上着をハンガーにかけた。
「いい奥さんになるよ。腰も安産型だ」
ダージリンを愉しみながら放った泉水の冗談に、ため息混じりの流星。
「それ、セクハラですよ」
流星はそう言って笑うと、一礼をして部屋を出て行った。
泉水はフーと息を吐くと、近づいてきた時の流星のオードトワレの香りを思い出す。
同じものつけやがって。
クスリと笑うと、触れられない流星を思い浮かべながら、泉水はデスクの上の書類に目を通し始めた。
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