冷たい水

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「泉水は就職活動しないの?」 将のベッドの中で、泉水に腕枕をされている将が尋ねた。 「卒業したら、家の手伝いをする。親が社長なんだよ」 御笠グループとは言えないので、まるで中小企業でもあるように泉水は言った。 「そうなんだ。俺さ、これからもずっと泉水とこうしてたい。卒業しても付き合ってくれる?」 「もちろんだよ。俺もずっと、将と一緒にいたいよ。将は、俺の初めての人だしさ」 照れながら泉水が言うと、将も嬉しそうに泉水にキスをする。 大学も無事卒業し、泉水は御笠グループの御曹司として、父親の補佐役の仕事から始まった。 仕事は会議と接待が多く、日曜日も仕事に取られ、将と会う時間が減っていた。 「最近、忙しいの?仕事慣れるまで忙しいか」 自分の時と重ねて、将は寂しそうに泉水に言う。 「ごめんな。もう少ししたら落ち着くと思う。覚えることが多くてさ」 泉水は将にキスをする。 「ごめん。俺のわがまま。泉水を困らせるつもりないんだけどさ。ただ、寂しくてさ」 しょんぼりする将が愛おしくて泉水は将を抱きしめる。 「時間出来たら旅行行こうぜ。キャンプでも良いよ。将、行きたがってたじゃん。露天風呂付きの貸別荘とかさ」 泉水の優しさが将は嬉しかった。 「嬉しい。うん、絶対行こうね!」 まだこの時までは幸せだった。 その後歳を重ねるに従い、将も出世していき、泉水も専務になる頃には、二人はすれ違いも増えていき別れることになった。 それでも将との付き合いは十年以上続き、泉水は32歳になっていた。 そして34歳でCEOに就任し流星と出会う。 しかし部下である流星に手を出すことは出来ず、その後も仕事は多忙でまともに恋人を、しかも相手が男となると作る暇はなかった。 正直、もうその頃には自分は男しか愛せないと気づき、今更女と付き合ったりセックスしたいとも思っていなかった。 毎日流星であらぬ妄想をし、それでも一人の孤独に耐えきれないと、SNSで“一晩限りの恋人”を見つけるようになっていた。 泉水の好みは可愛い系の美少年だった。 あえて流星に似た男は選ばなかった。流星の代わりに抱くのは相手に失礼だと思っていた。 売春目的や業者は、メッセージのやり取りでなんとなく分かり省いていた。 あくまでも“一晩限りの恋人”だった。 今までにこの二年間で、出張の時も含め全国で数十人と会ったが、今は便利な世の中だなとつくづく思った。 泉水に選ばれてきた美少年達は、皆、泉水に夢中になる。 泉水の魅力に堕ちない相手はいなかった。 しかしその生活もそろそろ終わりにしないといけないと思ってもいた。 36にもなって、SNSで若い男を漁っているのは流石にみっともないと思っていたからだ。 かと言って、どストライクの好みの男、流星を口説くことも出来ない。 いくらなんでも部下に手をつけることは、SNSで相手を探すよりも怖かった。 ああ、カッコつけたって仕方ないよ。 ただ、流星に私の性癖がバレるのが怖いだけさ。 私は理のような告白できる勇気は持っていない。 私がホテルで愛し合ってる相手が男と知ったら、流星は私を軽蔑するのが分かっている。 言えない気持ちが勝る以上、流星と関係を持つことなどできなかった。 仔犬でも飼うか。 そう思いながら、それもあり得ないと泉水は笑った。 独身がペットを飼いだしたらおしまいだぞ。 と、よく誰もが言うセリフを思い出す。 しかもペットの世話をする暇もなかった。
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