苦い水

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苦い水

流星が秘書に決まった日のことは今でも忘れられない。 社長に就任して、この最上階の部屋が自分だけの物になった34歳の時、CEOのプレートの付いたドアを開けると流星が前室のデスクに座っていた。 社長室の前室は中央に第一秘書のデスクと、給湯口付近に補佐の秘書のデスクが二つ並んでいた。 「CEO就任おめでとうございます。第一秘書の咲花流星です」 流星が前に出てきた。 流星を見た瞬間、泉水は時が止まった。 男なのに上品な美しい顔。素直に綺麗だと思ってしまった。 申し訳ないと思いながらも、他の女性秘書二名には目が向かなかった。 「咲花流星君だね。今日からよろしく頼むよ」 その後の、他二名の女性秘書達とのやり取りは全く覚えていなかった。 今までどの役員の秘書だったんだろう。 専務時代の時も全く知らなかった。 もっと早く知っていれば。 そう思って泉水は笑った。 早く知ったところで、部下である秘書に、自分が何ができるのだと言うことを嫌でも自覚した。 「咲花君、ちょっと良いかな」 内線で流星を呼ぶ。 美しい顔を見たいと言う理由だけだった。 コンコンとドアがノックされた。 「どうぞ」 泉水が声を発すると、流星は部屋に入ってきた。 「お呼びでしょうか」 凛とした姿に惚れ惚れすると泉水は思った。 「ちょっと気になったことがあってね。私の秘書になる前は、どの役員の秘書だった?」 「社長の前は、鳩島常務兼セントカロリーヌ学園理事長の秘書として仙台におりました。入社してすぐに大阪だったので、初めての東京本社勤務になります」 大阪、仙台にいたと知り、確かにそれでは見たことがないはずだと思った。 「とても優秀な人材なんだろうね。28で私の第一秘書になるのだから」 「前社長から、泉水様となるべく年の近い男をと人事部長へ通達があったと聞きます」 「そうなの?私は初耳だよ。父が何を基準に決めたのか知らなかったのでね」 泉水様と下の名前を呼ばれて泉水は少し嬉しかった。 そして父の選択に感謝した。 まさか父親が泉水の性癖を知っているわけでも無い。 おそらく、美しい女性秘書を付けて問題を起こされてもと心配していたのだろうと泉水は思った。 何故そう思ったかと言えば、選ばれた女性秘書達は仕事はできるのであろうが、容姿的に良くて中の上ぐらいだったからだ。 「仕事の邪魔をしてすまなかった。戻って良いよ」 そう言いながらも、泉水はじっくりと流星を見つめた。 本当に綺麗な顔だな。 もっと眺めていたい。 「失礼いたします」 流星が部屋を出て行くと、泉水はため息を吐いた。 この数分の間に、泉水の妄想は止まらなかった。 流星を組み敷いて、美しい顔を快楽で辱めてしまいたいと思った。 嫌がる部下を陵辱したいなどと妄想するとは、精神異常者だな、私は。 ふと、将を思い出し、万年筆をスーツの内ポケットから出す。 将の唇を思い出し、握りしめた万年筆にキスをする。 流星への妄想を止める為に、自分の腕の中で乱れた将を思い出す。 やはり、変態だな。 フッと笑うと椅子から立ち上がり大きな窓から外を眺める。 気がつけば将と別れて、もう二年もセックスをしていないことに気がついた。 CEOになる為に仕事が忙しかったとはいえ、あまりにもしていない事実に少しだけ愕然とした。 そして流星との出会いにより、自分の中の官能的な部分を刺激されてしまった。 外の風景さえも遮断するように、目を瞑り雑念を払い、膨らみかけたモノを鎮めた。
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