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透明な水
ワタルが今日は休みだったので、それに合わせて泉水も仕事を調整して、やっとワタルが泉水の家に引っ越してきた。
家政婦も使用人も居ると聞いていたので、金持ちだとは分かっていたが、広い庭に豪華な館を見て、ワタルは驚き声が出ない。
その姿を見ながら泉水は笑った。
泉水のラフな格好も初めて見て新鮮だった。ワタルは色んなことにワクワクしていた。
「ようこそ、ワタルさん。家政婦の田中です」
噂の田中さんは小さくて、ワタルを見上げて目を合わせるのが大変そうだった。
「佐渡航路です。航路と書いてワタルと読みます。今日からお世話になります!」
ワタルは田中さんに頭を下げる。田中さんは嬉しそうにニコニコしている。
「坊ちゃんはなかなか夕飯食べてくれないんだけど、ワタルさんはたまには私と夕飯食べてくださいね。少しは年寄りを喜ばせてくださいよ」
最後の言葉は泉水に向けられ、泉水とワタルは笑った。
「さあ、荷物入れてください。部屋は二階の坊ちゃんの隣ですからね」
田中さんはそう言って家の中に入っていった。
外から部屋の場所を見る。泉水の部屋は東南の角部屋で、ワタルはその隣。
「ちなみに田中さんの部屋は?」
ワタルが泉水に尋ねる。
「1階の南西の奥の角の出っ張り」
指を指すと、ワタルは泉水の顔を見た。どう見ても泉水の部屋と相当な距離で離れている。
「ちょっ!これなら」
泉水はしっと言う。
「うん。カッコつけたけど、多分我慢できない。きっとワタルを抱いてしまうだろうね。思ったよりワタルと家で会う時間少ないって、最近良く分かったし。売れっ子モデルを恋人に持つってキツイわ」
騙された感が否めないが、ワタルは笑った。
「すみませーん!荷物の指示お願いします!」
引っ越し屋の声に、ワタルは走って家の中に入った。
泉水も家の中に入る。キッチンに行くと田中さんが昼食の準備をしていた。
「昼から天ぷら?」
「せっかくですから蕎麦にしようと思って。ワタルさんから頂きました。信州の蕎麦。若いのにちゃんとしてて、礼儀正しいし、最近の子には珍しいとてもいい子。私も好きになりました」
嬉しそうにニコニコが止まらない田中さん。
「坊ちゃんもいい子を見つけましたね。ずっと仲良くしてくださいよ」
「はい」
泉水は素直に返事をした。
田中さんは泉水とワタルの関係について余計なことは一切聞かない。
この家にワタルを住まわせるに当たって、田中さんにならバレても良いと泉水も内心思っていたので、ワタルに対して好意的な田中さんの態度にただ安心した。
今日は土曜日で他の家政婦も使用人も休みだったので、昼食は三人で天ぷら蕎麦を食べた。
ワタルと田中さんはすっかり意気投合して、後片付けまで二人で始めた。
初対面なのに、すっかりおばあちゃんと孫の構図になっていた。
「ワタルさん、夕飯なに食べたい?なんでもいってくださいな」
「じゃあ、ハンバーグとナポリタンで」
「坊ちゃんから聞きました?じゃあそれにしましょうね。スーパーに食材運んで貰わないと」
田中さんはイキイキしてスーパーに電話をかける。
「すごいね。食材運んでもらえるんだ」
「うちのグループ企業のスーパーだからね。社長特権。田中さんも年だし、買い物も大変だからね」
つくづく住む世界が違うとワタルは思った。
「夕飯まで、汗でも流さないか?」
昼間から?とワタルは焦った。なんだか田中さんの手前、エッチしにくいなと思った。
「期待させて悪いけど、違うからね」
クスリと泉水は笑いワタルは照れる。
屋敷の裏に回るとテニスコートがあった。
「全く、どこまで金持ちよ。つーか、僕テニスしたことありません」
御笠家の凄さにもう驚くのも疲れてきた。
「そうか。じゃあ、覚えて。私より若いんだから、すぐできるようになる。練習しよう」
ワタルは嫌な予感しかしなかった。
予感的中。夕飯の頃にはワタルはリビングで動けなかった。
「全く坊ちゃんも容赦ありませんね」
田中さんは同情するようにワタルを見る。
ダイニングテーブルには、ハンバーグとナポリタン、ニンジンのグラッセとブロッコリーがワンプレートに乗っていて、シーザーサラダとコーンスープ、チーズの盛り合わせも用意されていた。
「いい匂い。お腹すいたー」
ユラユラとワタルが起き上がりテーブルに近づく。
「田中さんも少し飲むでしょ?」
泉水がワインセラーからワインを選んで持ってきた。
「今夜はお呼ばれします」
テーブルに全員着くと、泉水がワイングラスに赤ワインを注いだ。
乾杯をすると賑やかな夕食を楽しむ。
ほろ酔いの田中さんは、珍しく昔話を始めた。
「坊ちゃんもワタルさんもお綺麗な顔してますけど、私だって若い頃は美人だったんですよー。もう何人もフルぐらいに」
年齢不詳の田中さん。昔の写真が見たいと泉水は思った。
夕食の後片付けもワタルが手伝うので、今夜だけですよと田中さんはワタルに言っていたが、それでも1日楽しかったようだ。
泉水とワタルは2階に上がると泉水の部屋に入った。
「ここは元々両親の寝室だったんだ。ワタルの部屋が子供部屋でね。両親がこの家から居なくなり、私が使う前にリフォームして全て新しくした」
広い部屋は、リビングの部分と奥にトイレとバスルームがあった。広いキングサイズのベッド。まるでホテルのようだった。
「僕の部屋にも冷蔵庫があった。下まで行かなくて済むから助かったと思った」
泉水の部屋の冷蔵庫を見てワタルは言った。
泉水はワタルを背後から抱きしめた。
「初日から我慢できそうにない」
「あんな約束無意味だったね」
優しい声でワタルは言う。
「どこかでブレーキが必要だと思ったんだ。じゃないと毎晩求めてワタルを離せなくなるのが怖かった」
「どうして怖いの?」
「いつかワタルに捨てられるのがね」
ワタルは回された腕を愛おしそうに触る。
「ずっと一緒にいる。泉水さんが田中さんみたいに年取っても。ずっと」
ワタルは振り返る。
「好き」
ワタルは屈んで泉水にキスをした。
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