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新撰組一番隊組長、沖田総司は辺りの血生臭さに咳をして・・・それは病のせいで一気に噎せ込むものへと変わる。護衛の一人が心配げに沖田の背をさすってくれた。
「大丈夫ですか、沖田さんっ!」
「ええ・・・僕は大丈夫です。皆さんは平気ですか?」
「はい。――こいつも沖田さんが咄嗟に傘を投げてくれたおかげで無事のようです」
「護衛なのに・・・申し訳ありません」
謝罪してくるのは、鳥羽伏見の戦直前に新撰組入りした新人だ。無理も無い、と沖田は思う。実戦経験の少なさは、そのまま実戦の強さにも直結してしまう。こんな力量不足な人間を護衛に当てねばならない程、今の新撰組の現状は厳しいのだろう。
―――こほ。と嫌な咳がまた零れた。
死体は自分達が片付けます、と隊士の一人が沖田を屋敷の方へと促す。沖田はそれに素直に従おうとして・・・そうしてふと、首を傾げてみせた。
「そういえばその刺客は・・・何故最期に「日傘」と叫んだのでしょうか?」
足下に転がる刺客の死体の中で、最期まで残った一人を差して問う。相応の使い手である事はその構えからすぐに解った。
「さあ?―――あれ、ただの番傘ですよねぇ」
隊士の問いに、沖田は己が投げた傘を見て頷く。新入りでは、この刺客の相手にならぬ事を理解すると同時に、沖田は咄嗟に手に付いた物を二人の間に割り込ませるように投げつけた。その・・・番傘と日傘を、何故この男は間違え、しかも最期の気力で、自分達では無く、この傘を斬り捨てたのだろうか。――今も、満足そうに微笑んで死んでいる男。
「何はともあれ・・・役に立ったのならばよかった」
いや、刺客の事情など知る必要は無いだろう。沖田総司の命を狙う者は多い。その一人一人の事情など探っている暇も余裕も無い。
今度こそ、沖田は護衛に連れられて部屋に戻る。しかし、ふと思い出したように呟いた。
「そういえばあの最期まで抵抗していた男―――谷さんを斬ったヤツに似ていたような」
いや、まさかな。・・・と沖田は苦笑する。
先程の運動のせいか――ひゅうひゅう、ぜえぜえ、気管支が悲鳴を上げている。苦しい。
こんな日でも、空はかんかんからから、快晴だ。
こんな動乱の世だが・・・確かに日傘があれば快適に過ごせそうだ。のんびりと庭先で差す分には問題ないだろうし、今度姉に買ってきてもらおうか。
沖田の頭の中からは、もう刺客の事など消え失せてしまっていた。
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