氷の月

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『Jazz Bar sax』は、希望者がステージで自由に演奏ができる水曜と土曜、そして有名なジャズ奏者を呼んでライブを行なう金曜が混み合う。 だから自然と私がバイトに入る日は水・金・土曜日になった。 海で焼けたヒリヒリする肌を抱えて、紫音と共に電車で出勤。 バーではシンプルな服装なのに、「お客さんから急に呼び出されたりするから」との理由で出勤時はいつもスーツ。 黒紫色の滑らかなシャツの上に羽織っているのはラグジュアリーなジャケット。 襟元にはアクセサリー感たっぷりのラペルピンが飾られていて、そんな格好に似合うように長めの髪を派手にセットしている。 こうやって紫音と夜の街へ出かけるのは初めてなんだけど……、紫音に寄せられている視線の多さに驚く。 チラチラと紫音を盗み見る女の目には、もれなくハートマークがベッタリと張り付いている。 けれどそれに全く気付いていないフリをする紫音は、この熱い視線達に慣れっこなんだろう。 短いスカートと開いた胸元で男の視線をねだる私とは人種さえ違うような気がしてきて腹が立つ。 キッと紫音を睨めば、「ん?」ってスパイシーな香りを纏った紫音の顔が近付いてくる。 ――「誰あれ」「彼女?」 女からの嫉妬や羨望。 いつもなら自分を飾るアクセサリーのひとつとして堂々と胸元に飾るのだけど、やっぱり私が今まで付き合ってきた男と紫音は、根本的に”質”が違うのだろう。 寄越された嫉妬の重みに耐えかねて、私はブルッと身震い。 近付いてきた顔をそっと手のひらで押し返しながら「なんでもない」と告げる。 現実から目を背けるかのように視線を落とした先は携帯電話。 そこには大輔からのメッセージが届いていた。
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