1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

 

ピピピピピピピピピピ・・・ 耳障りな電子音に無理やり覚醒を迫られる脳。しぶしぶ薄目を開けるも、室内はまだ暗い。私は咄嗟に布団の裾を握り引き上げつつ、布団の中に頭を同時に突っ込んでいた。 昨日寝たのは1時過ぎ。勘弁してくれと寝ぼけた頭で就寝前を思い出す。しかしついに耐えかねた私は布団を跳ね除け、目覚ましのボタンをバンッ!と叩きつけるように止めた。時計の針は朝の3時を示している。しかし夏と違い、この時期はまだまだ夜中に近い空の色。せめて外が明るかったら早起きも諦めがつくんだと思うと、自然と「ハァ・・・」とため息が漏れた。 睡眠時間約二時間。一番眠りの深い時に起きるのはとても辛い。しかし仕事なのでそうも言ってはいられない。しぶしぶと目を覚ますためにバスルームへ直行し、もそもそとパジャマを脱ぐ自分。裸になり、シャワーを浴びるべくいざ浴室へ。一歩踏み出せば、柔らかい感触の何かを踏んでしまい、小さな悲鳴を上げる自分。 何ごとかと慌てて足元を見下ろした。何のことはない。自分の下着が左足首に絡まっっていただけだった。自分で自分の下着を踏んで驚いたという結末に、寝ぼけているとはいえあまりの馬鹿馬鹿しさに「ハァ・・・」とだけしか浮ばなかった。 さて、足に引っ掛けたままの下着だが、折角だからとお行儀よく洗濯籠へ足でひょいと放り投げてみる。しかし結果は勿論ハズレコース。ちなみに先ほど脱いたパジャマの上着も籠の手前で落ちていた。そんな洗濯籠の周りをみて思ったのは、情事の最中に脱ぎ捨てられた着衣みたいである。 しかし所詮部屋には一人。脱ぎ捨てた下着類を洗濯籠へ入れ直そうなんて気持ちはサラサラ持っていない。それどころか次にシャワーに入る際は「ストリップショーみたく視覚の官能美を求めてみようかな」なんて朝からちょっとだけ真剣に考える。しかし現実は実に厳しい。鏡に映る己の肉体はどう客観的に見ても美や芸術いう言葉とは無縁である。それどころか「こんな体晒したらまさしく公害レベル」の現実に「ハァ・・・」と溜息一つの自分がいた。 気を取り直しシャワーの蛇口を勢いよく捻る。ここは勿論お約束。「グォっ、アチチチチ・・・・」と叫ぶわけでして。まったく生まれてこの方、何回シャワー浴びてるんだよと。笑う相手のいない朝の3時台に「ハァ・・・」と溜息を付く自分は一体何者であろう。 ビビビビビビビビビ・・・ バスルームの外では再びアラームが鳴り出した。これは2回目のアラームだ。 濡れた体のままバスルームを飛び出してアラームを慌てて止めた。いつもよりゆっくり入りすぎたらしい。 頭をワシャワシャと乱雑に拭き、体はロクに拭かずに大判バスタオルを羽織った。しかしどうせほっとけば乾くんだから体を丁寧に拭くなんて面倒だ。太腿を伝わる滴に、ふと昔の男に何度か言われた言葉を思い出す。 「おまえさ、体くらいは拭いてから上がれよ」と。 見た目はイイ男だったが、その後別れた。理由は簡単だ。細かいことをグチグチいう奴は嫌いだから。 しかしなんだか元彼が少しだけ懐かしく思えてきた。 私は元彼のことを頭から追い出すべく「ハァ・・・」と大きく息を吐いた。 お世辞にもよい目覚めとは言いがたい早朝。朝食と弁当の準備中に電話の着信音が鳴りだした。 まさか出勤時間を間違えただろうか?慌てて電話を取り上げた。相手はやはり会社であり、欠勤者が出たので、早めにこれないかと言う相談だ」 「了解です。ただですね、実は今、私の格好は悩殺ポロリな感じなんですよ。急ぎならこの格好のまま駆けつけますけど?」 上司とはいつもこの調子のやり取りだ。弁当のおかずを詰めながら相手の返事に耳を傾ける。 「ほう。そりゃ是非拝ませていただきたいな。でも、お前が来るの待ちきれないから、とりあえず自撮り写真を先に送ってくれないか」 そういってお互い電話口で笑い合い、電話は終了した。 トラブルとはいえ、出勤時間が繰り上がるのは正直面倒な気持ちもある。だが、それを上回って嬉しいと思うのも事実だ。何故なら人に頼られたから。 正直、今の仕事をやめたいと何度思ったかわからない。今の上司に巡りあうまでの道程は、決して平坦ではなかった。 その記憶に潰されそうになった瞬間「ハァ・・・」と大きなため息が自然と湧き上がってきた。 出勤すべく玄関で黒いヒールに足を入れる。なんだか今日は朝から少しきつく感じた。やはり睡眠不足か。足の浮腫みがほとんど取れていない。 出勤前からすでにお疲れモードな自分。今日の夜は足がパンパンになるのは火をみるより明らかだ。「ハァ・・・」と声にならない感情が漏れた。 夜明け前。凛とした空気の気配を肌に感じつつ、そっと耳を澄ます。車の音や人の声は勿論。虫や動物の鳴き声も聞こえない。耳に届くは川の流れと草木の囁きだけである。 そう、朝の3時台は街も生き物もぐっすり眠る中、空の闇は徐々に薄れ始める時刻。耳に届く異音は自分の足音だけの世界はなんて素敵なんだろう。この時だけは時間と空間の支配者として君臨している気分に浸れる。 しかし楽しい時間は長くは続かない。遠くに映る車のヘッドライトが視界に飛び込んできた瞬間、私の妄想は終了し「ハァ・・・」という溜息と共に妄想とお別れした。 薄暗くも、どこか夜明けを感じさせる朝の3時台。 私は腕を大きく振り回し、外の空気を吸い込む。 「さっ、急いで会社行きますかね」 それは誰かに告げる言葉ではない。ただ朝の始まりを意味する自分の為の言葉を呟く。そうして私の一日はやっと正常運転をはじめたのであった。 【了】
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!