キスが無いと無理なんです

3/30
前へ
/186ページ
次へ
少女だった頃から面倒を見てくれている樹さんは、私にとってはお兄ちゃんのような存在で、恋愛対象ではないのである。 まあ、たぶん樹さんも私のことを妹のように思っているだけだろうし。 「今度の単行本に載せる書き下ろしの中編。締切明後日だけど」 「あー……そうですね」 「終わった?」 「も、もちろん終わったけど!?」 有無を言わさぬように、じっと見られながら言われて、裏返る私の声。 ーーああ。バレたなこりゃ。 「きゃっ!?」 掴まれていた手首を引っ張られ、私はよろけてソファに倒れ込み、樹さんに抱えられる。 恐る恐る私は眼前の樹さんの顔を見る。怒られる、と思った。 ーーしかし。 「ーー何があった? 筆が早い千春がまだ終わってないなんて」 樹さんは甘く優しい声で私に言った。 ーーその声を聞いた瞬間、堪えていたものが爆発する。 瞳に涙が溜まり、視界に映る樹さんの顔が歪んだ。それでも涙は止まらず、次々に頬を伝っていく。
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1048人が本棚に入れています
本棚に追加