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「今、二時五十分だな」
親分が、左腕に巻いた自慢のロレックスに走らせていた視線を上げた。
「野郎ども。どうだい。このリカルド・カルーゾの椅子に、三時になったら座ってみないか。根性見せてやるっていう命知らずで御機嫌な野郎はこの中にいるか。誰か座りたいヤツはいねえのか」
ほら、おいでなすった。あのクソ親分なら、言い出しかねない。そう思っていた矢先、ホントに言い出しやがった。
もちろん、座らせて下さいなんて言うような酔狂な野郎はひとりもいない。
まったく。今日の幹部会なんて、来るんじゃなかった。
「なんだ。誰もいねえのか」
もちろん、誰もいない。いるわけがない。
「てめえら、それでも極道か? へっぴり腰ぶら下げてんじゃねえぞ。臆病どもが」
皆、下を向いている。当たり前だ。そんなに言うなら、てめえで座ってみやがれ。
リカルド・カルーゾの椅子は、テレビでも何度も取り上げられているし、オカルト関連の書籍にだって必ずといって良いほどに掲載されている。よりによって午後三時に自分から進んで座るなど、完全なる自殺行為だ。
何が悲しくて、ヤクザが自殺せにゃならんのか。
「てめえらの中には、男はいねえのか」
まだ言ってやがる。クソ親分め。
俺は隣の上杉の耳許に囁く。
「兄弟。あのクソ親分を押さえつけてよ、カルーゾの椅子に無理矢理座らせて呪い殺してやろうぜ。そんで、浮いた縄張りは俺とあんたで山分けってのはどうだい」
上杉、狼狽えている。
「兄弟、変な冗談やめてくれ」
俺は笑う。もちろん、冗談だから。
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