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挙式
一ヶ月後。挙式当日、右側の新郎関係席は友人も多く賑やかだが、左側の新婦関係席の友人はほとんどいなかった。交際関係が狭いとは、どんな女性なのか類は気になった。そして、東海林と楽しい家庭と類が作ってあげられない玉のような子どもを産める女性なのだろうかと不安になってきた。
東海林はヤケになって決めた訳ではなく、お見合いを受けたのだから、きっと深窓の令嬢なのだろう。
新婦の母と祖父母、弟なのだろう高校生しかいないことがやけに目立っていた。
新郎側なんて、なぜか真純やパートナーのオーナー、真澄の兄が来ていた。関係性を聞くとT大時代の一学年下の後輩だそうだ。エリートって怖い。あとは、東海林の友人ばかりだった。
列席者は起立し、牧師の入場の時間になった。
類は次に来るであろう東海林の入場にドキドキしてきた。久しぶりに東海林に挙式とはいえ会えるのだ。
牧師が開式の宣言を行った。い良いよ始まるのだ。さっきまで興奮していた類の気持ちは急降下してきた。
二ヶ月ぶりの東海林はやけに顔がシャープになっており、忙しかったのだろう、男ぶりがやや下がっていた。それでも、類はやはり東海林が好きだと思った。
牧師の前で新婦の入場を待つソワソワと待つ東海林をまじまじと類は見つめた。これは最後の東海林との邂逅となるからだ。
フルートの華麗な音色が場を優雅に響く。
とうとう新婦と新婦の父の入場である。
ベールで女性の顔は見えないが華奢で類とは大違いだった。きっと可愛らしくて、東海林とお似合いなのだろう。
一歩一歩、東海林の元へ二人は歩いていく姿を類はただ見ているしかなかった。新婦の父は東海林の元へ新婦を伴いバージンロードを歩くと新婦の父は東海林にバトンタッチして、席に着いた。
「皆さん起立して下さい。賛美歌312のパンフレットをお歌い下さい」
いつくしみ深き 友なるイエスは、罪とが憂いを とり去りたもう。
こころの嘆きを 包まず述べて、
などかは下ろさぬ、負える重荷を
いつくしみ深き 友なるイエスは、
われらの弱きを 知れて憐れむ。
悩みかなしみに 沈めるときも、
祈りにこたえて 慰めたまわん。
いつくしみ深き 友なるイエスは、
かわらぬ愛もて 導きたもう。
世の友われらを 棄て去るときも
祈りにこたえて、労わりたまわん。
聖歌が終わると、牧師による聖書朗読と愛の教えが始まった。
「コリントの人々への第一の手紙:第13章・第4節~第8節
「最高の道である愛」
愛は寛容なもの、
慈悲深いものは愛。
愛は、妬まず、高ぶらず、誇らない。
見苦しい振る舞いをせず、
自分の利益を求めず、怒らず、
人の悪事を数え立てない。
不正を喜ばないが、
人とともに真理を喜ぶ。
すべてをこらえ、すべてを信じ、
すべてを望み、すべてを耐え忍ぶ。
愛は、決して滅び去ることはない」
牧師は聖書の一部を朗読すると、誓約の儀式を執り行うべく、新郎新婦を祭壇の前へ招いた。
まず、新郎から始まった
「東海林 晃太朗さん。あなたは山下 恵美子さんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
その誓いに東海林は平坦にも聞こえる声で「はい」と観衆に誓い、答えた。
「山下 恵美子さん。あなたは東海林 晃太朗さんと結婚し、夫としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
何故か暫くの沈黙が走った。
そして、恵美子は言葉を大きく発した。
「……いいえ、誓いません!東海林さん、一切私に手を出さないんですよ?そんなセックスレスな家庭なんてうんざりです。子どもを設けて幸せな家庭など築けるはずもありません。東海林さんが愛しているのはわたしではありません。類君また髪切ってね!」
新婦はそう言うとベールを脱ぎ、類に向かって笑顔で手を振った。類は新婦が美容室のあの山下という常連客の女性だったことにびっくりした。
そして、山下は類に向かってウインクをして、退場して行った。
こうやって式は幕を閉じた。
新郎側の親戚の折角の晴れの日にと怒りを爆発させた。特に両親だ。
「晃太朗なんてことをしてくれるんだ!」
晃太朗を父親が責め立て、捲し立てている。その光景を見て、新婦側の両親が新郎側の両親へ申し訳なさそうに言った。
「元々のこういう計画を娘が立てていましたので、披露宴もございません。晃太郎さんもその気ではないようですし、娘も上司としてしか見れなかったようですし、これにて破談と致しましょう」
元々次男坊で甘やかしてきた晃太朗に東海林の父親は掌を返したように、まるで晃太朗が被害者であるかのように思い、こう言った。
「分かりました。申し訳ございませんでした」
ゾロゾロと教会からは誰もいなくなっていった。
残ったのは類と東海林だけだ。
呆然とする類と、まさか挙式であんな言葉を投げかけられるとは思わなかった東海林の間に長い沈黙が走る。
そういえばと、類は不憫そうに東海林に言葉をかけた。
「東海林さん、山下さんが婚約者だったんですね」
「そうだ。元婚約者だが、今は」
キッチリと固めた頭を掻きながら、苦笑いし、東海林は答えた。
「えっと、なんで東海林さんは山下さんとセックスしなかったんですか?東海林さんはノンケでしょ?」
類は美しい顏を傾げながら不思議がっていた。東海林はノンケだ。それに類に対しても好きだとも言われたことがない。今でも東海林にとって類は性欲処理だと思っている。
そんな類に東海林は言った。
「俺も学生時代は大分遊んできたが、実は一途だったみたいだな」
東海林がそう言い、類は他の良い人が出来たのかと思い寂しく思った。
「じゃあ、次はその人を大切にしてあげてください。私は帰ります、では」
東海林を背に帰ろうとしようとした類を止めたのは、東海林の逞しい両腕だった。
東海林の唇が類の右耳の辺りに来ていて、類は気恥しく、腕を振り払おうとした。だが、力では叶わない。
「東海林さん、遊びはもうしませんよ。離して下さい」
類はやや冷たく東海林に言った。
「ルル。好きなんだ。君でいいなんて嘘だ、君がいいんだ」
類は突然の東海林の告白に、息が止まった。
そして、呼吸が苦しい中、東海林に言った。
「……気の迷いですよ。私は貴方にとって都合の良い雌穴で、身体の相性がすこぶる良かったから、勘違いしてるんです。貴方はノンケだし、男とどうこうしていける人生を歩むべきじゃないです」
類は東海林の告白は嬉しかったが、東海林の今後を考えるとどうしても受け入れられなかった。
「都合の良い穴なんかじゃない。ずっと麻布の美容室時代から君を見ていた。人間性も良くて品性もある君に惹かれてた。君が店を辞めさせられた後、あの店に行っていた部下達に通わせないようにしたくらいだ」
東海林はあの時の事を思い出したのか眉間に皺が寄っていた。類は眉間の皺、東海林さんらしくないなぁと東海林に向き直って眉間の皺をさすった。そうすると、東海林は、笑いだした。そして、そういえばと話し出した。
「最後に話した時に気になる子が出来たって言っただろう?あれはルルのことだよ。部下に紹介されたものの、その美貌と話術だけの身のない美容師かと思えば、一流を知っている美容師だった。いつも、担当した客を日頃の疲れを癒して帰らせていく美容師なんてなかなかいない。いつも君の笑顔に俺は中学生の時のようにドキドキしていたよ」
類は東海林の言葉に心臓がドクドクと鼓動して行くのがわかった。東海林は真剣な顔をして、類に言った。
「君がゲイだと言われて嫌悪感を全く持たなかった。むしろ歓喜したね。あの店からいなくなった君を探すために、俺の方が汚い手を使った。君の居場所を知るために、好きでもない男共を抱いて情報を聞き出しながら、君を抱く手腕を磨いていた。俺の方がずっとけがわらしい」
類は東海林に抱かれた男達が居たのは薄々分かっていたが、やはり少し嫉妬した。でも、自分なんかを探し求めてくれたことに嬉しく感じた。
「東海林さんは汚れてなんか居ませんよ?」
類は慈愛の篭もった笑顔で言った。
その笑顔を見た東海林はほっとした顔で、赦されたような気分になり、言った。
「やっぱり、君は僕の天使だ。さっきの挙式も部下の山下君が爆弾発言をしてくれたからな。ルルと別れてから俺はED(勃起不全)になったんだ……どんなに山下君と試そうとしても、ほかの女に手を出そうとしても、どんな美声年でも、駄目だった。
でも、君から漂う甘い香りを嗅ぐだけで今にも勃ちそうだ」
東海林の気恥しい言葉とあけすけな言葉に類は絶句すると共に赤面した。類は東海林に対して、疑問を投げかけた。
「それは生理的なものですよ、気になってるのも性的なもので、東海林は私の事を「好きだ」えっ!! 」
類の言葉に被せるように東海林は類に告白した。今まで言えなかった言葉を、類に許しを乞うように、真正面からハッキリと言っていく。
「君の聖母のような笑顔が好きだ。料理上手なとこも好きだ。懐が広いところが好きだが、無防備過ぎる所は不安だ。強がってしまう俺を甘やかすことができるのは君だけだ」
東海林の褒め殺しに類は耳まで赤くなっていく。
そして、重要なことを忘れていた顔で東海林は、類の前へ跪いて、類の左手の薬指にキスをし言った。
「俺の一生涯のパートナーになって貰えませんか? 」
類は指先を震えさせながら、そして震える声で言った。
「私で本当にいいんですか?ゲイだし、オネェ口調だし……」
「君がいいんだ!! 」
東海林は堪えきれずに類を強く抱きしめた。
「答えはYESか、はいしか認めないからな! 」
類は東海林の子どもっぽい一面を見て、クスッと笑いながら涙を浮かべて首を縦に振り、はいと小声で言った。それを聞いた東海林は類の脇に手を差し入れ抱きしめ、その場で廻った。
「ちょっと、東海林さん、重いですよ! 」
「君は軽い。もう少し肉をつけるといい。そんなことより、本当だな?約束だぞ、類」
類は初めて本名を東海林に呼ばれた事に歓喜した。ルルというのは二丁目や仲間内のあだ名で、類と呼ぶのは親族しかいない。類には彼氏がいた事もなかったため、とても懐かしく感じた。
「東海林さん、もっと類って呼んでください」
「類、好きだ。愛してる。同性の恋人を作る自信がなくていつも君の源氏名で読んでた。でも、今は自信を持って類と呼べる」
東海林は類を地面に降ろすと、類を優しく抱きしめ、一言言った。
「ずっと君を、類と呼びたかった…… 」
「一生涯、類って呼んでください、晃太郎さん。私も晃太郎さんを一生涯、愛します」
そして、二人は優しく互いの唇を寄せることで、誓いのキスをした。
閑話
「あの、う、ウリの期間のお金は返しますからね!!」
そう言ってプリプリ怒る類も可愛いという東海林は末期の類中毒であった。
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