帰郷

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今年は久しく帰ってなかった故郷に帰った。 人が少なくて、冬はクソ寒いのは相変わらずだ。 半ば強引に、家出に近い形で上京してもう8年が経ったが、今の職にもなれた。 仕事のなかで相手に合わせて行動するのは嫌いだが、このご時世 金が手に入るだけでも感謝するべきなのだ。 そもそも僕にとってはその方都合がいいんだ。 普段から現場でもマスクしてるんだからたまに人と会っても誰も僕の事など覚えてない。 あっ、でも自分の家族にはどうか顔を忘れてないままで欲しいな、と思っても親不孝な子供がこんなこと願うのもだめか。 身の程知らずってヤツだ。 家に着くまえの買い物の道で自分への説教をしていると、歩道の小さなガードレールのすぐ横を茶毛多めの三毛猫がスタスタと歩いていた。 僕のすぐ近くを通って、車が横を通っても慌てもしなかった。 僕は猫の歩調に合わせコートのポケットから猫へ右手を伸ばすと、そいつは振り返って、毛を逆立てるとともに威嚇し、反対の歩道に向かって走っていってしまった。 つれないなぁ、まぁしょうがない。昔から動物には懐かれないからな。 手をまたポケットに収め、僕は実家への帰路を再び歩いた。 途中にある家から子供が騒ぎ床を蹴る音。テレビからの笑い声。 日光のような室内の光がカーテンの隙間から漏れる。 北風が僕の耳に吹き抜け、夜の冷淡を唸るような叫びで伝えてくる。 自分が少し早足で歩いてることに気がついた頃には、もう玄関扉のすぐそこだった。 ポケットから鍵を取り出し扉を開ける。 鍵の出す軽い音と共に開けば、玄関のほんの僅かな暖気が頬をくすぐる。       ただいま 玄関のLEDライトの出す電球色に体が温められる錯覚を覚えながら靴を脱いだ。誰も出迎えに玄関に来るなどしなかった。 フローリングの廊下を靴下で滑らないように歩き、リビングへの扉を開けるとテレビに顔を向けた母と妹がいた。 俺が帰ってきたことなど気づかないかのようにこちらには僅かとして反応しない。 俺はそんな2人に声もかけず着ていたコートをダイニングテーブルの椅子にかけ、そのまま浴室に向かった。 リビングとは明らかに温度差を感じる脱衣場で服を脱ぐのはやはり嫌いだ。鳥肌が立って仕方ない。 着ていたセーターの裾をつかんだ最中リビングの扉の軋む音がする。 足で床を撫でるようにリビングへと歩くと母と妹の側に父が立っている。 父は目の前の家族を見つめて動かない。       おかえり 振り返った父の頭に棚の花瓶を力任せに下ろす。僕のセーターには乾いて固まった血痕に重なって鮮血がかかる。 床に手を着き頭を押さえた父を蹴り倒し、母の近くにある包丁を突起のある父の喉仏めがけ突き下ろした。 1 2 3 4 5 6回。 包丁を喉に埋めた父は、組伏せた僕に横顔を見せながら瞳の光を消した。 つきっぱなしのテレビのチャンネルはくだらないニュース番組に変わり、東京の連続空き巣殺人事件を報じていた。              風呂入ろ。
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