エピローグ

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 佐野先生は相変わらずお人好しだ。 「普通来るかな?」 「来るはずないと思った?」 「思いました。最初からここにいたなら、わざわざ『どこにいる?』なんて聞かないでください」  佐野先生はスマホをジーンズのポケットにしまうとクスクスと笑った。  それからわたしの隣に腰をおろし、遠くを眺めた。  沖に一隻の漁船が見えていた。漁船は波間をゆっくりと航行している。 「肩の怪我は大丈夫ですか?」 「もうすっかり。不自由なく動かせるよ」  佐野先生は右肩を軽くまわしてみせた。 「よかった」  あのストーカー男は起訴され、来月から裁判がはじまる。示談も成立しておらず、おそらく執行猶予もつかないだろうと、弁護士さんが言っていた。 「退院の日のこと、実紅から全部聞いたよ」 「余計なお世話かなとも思ったんですが、ああでもしないと、佐野先生は自分の気持ちに気づかないと思って」 「輝のほうが大人だな。俺は輝に情けない姿しか見せてないような気がする」 「そんなことありません。ストーカー男に襲われたとき助けてくれました。佐野先生がいなかったら、刺されていたのはわたしだったかもしれません」  最近はほとんどなくなったけれど、事件直後はひとりでいると、佐野先生の肩にナイフが突き刺さった場面が浮かんできて、涙が止まらなくなることがたびたびあった。佐野先生がいなかったら、わたしは死んでいたかもしれないと恐怖心にさいなまれるときもあり、心も身体も疲弊していた。  だから佐野先生が無事で、もうそれだけで十分だった。佐野先生には幸せになってもらいたい。隣にいるのはわたしじゃなくていい。潔く身を引こうと思えたのは、そのことがあったからだと思う。
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