第1章 エンゲージリング

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 佐野先生が連れていってくれた店はわたしのリクエストで回転寿司の店。杏仁豆腐にパンナコッタ、チーズケーキに特製ソフトクリーム。たらふく食べて大満足。 「いくらなんでも食べすぎじゃないか? 腹壊すぞ」 「平気です。いつもこれくらいペロリと平らげてますから」 「太るぞ」 「大丈夫です。その分ちゃんと運動しますし、佐野先生と違ってまだまだ若いんで、新陳代謝もいいですから」 「ずいぶんと生意気になったなあ。昔は素直でかわいい子だったのに」  こうして七年ぶりの再会の時間が過ぎ去ろうとしていた。  食事中、意外に会話がはずんだ。佐野先生はわたしの大学生活に興味津々で、なんの授業をとっているのか、どんな分野に興味があるのか、はたまた彼氏はいるのかなど、矢継ぎ早に質問してきては楽しそうに笑った。  子どもの成長がうれしいみたい。完全にわたしのことを教え子のひとりとして接している。  でもわたしはちょっと違った。少し緊張していた。最初はそんなふうでもなかったんだけれど、笑いかけてくれたり、感心してくれたりと、間近で佐野先生のいろいろな表情を見ているうちにだんだんと意識してしまうようになってしまった。  力強い眼差し、男らしい喉ぼとけ、低いけどやさしい声、箸を持つ指先にさえドキドキしてしまう。  どうかこのドキドキは一時的なものであってほしい。だってわたしたちの間には次の約束はない。連絡先の交換もしていない。偶然がない限り、会うのもきっと今日が最後だろう。
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