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翌日、セツナはぐったりと事務所のソファーに寝そべっていた。
「おーい、セッちゃーん。寝るなら自分の部屋で寝ればー? スーツ皺になっちゃうよ?」
「うっさい……耳元で喋んないで」
エマの言葉はもっともだったが、今は返事をすることさえ億劫だ。
女の子のサンダルの片割れを探す、というミッションは簡単そうに見えてなかなかの難事件だった。
野良猫を探すことから始まり、更にその猫が寝泊まりしている場所を突き止めなければならない。自治会長の言った通り、あの公園をうろつく野良猫は何匹もいたので、せっかく寝床を突き止めてもハズレ、振り出しに戻るということも多かった。
女の子はエマにべったりだったのでそのまま任せ、セツナは一人で付近を探索したのだが、時には植え込みのような場所に突っ込んでいかなければならない。夏なので虫も多く、加えて熱帯夜であったため汗だくになるのは不可避であった。
最終的にはエマが見つけてきてセツナが回収したのだが、時刻は午前四時を回っており、夜はすでに明けかけていた。この時ばかりは疲れ知らずの幽霊が羨ましかったものである。
女の子は自分の家を覚えていたため、朝になる前にセツナはこっそり家の前にサンダルの片割れを置いてきた。
幼い娘を亡くして悲しんでいるだろう両親も、これで少しは慰めされるかもしれない。そう願いたい。
「無事に成仏してくれて良かったよねぇ。ばいばーい、って手振ってたよ、あの子」
「……まさか、サンダルが未練だとは思わなかったわ」
しかも、エマが気がついて自分が気づかないとは。除霊師として一生の不覚だ。
エマはけろっと笑った。
「まぁ、そこは人それぞれだって。子供なんて親が世界のすべてじゃん。あの子にとってはすごく大事なものだったんだよ」
「それは……そうだろうけど」
「セッちゃんだって、強制送還するより気分いいでしょ。いいじゃん、結果オーライってやつでさ」
悔しいがセツナは反論できなかった。幽霊の未練を解き放って成仏させるのと、意思疎通が叶わず無理やりあの世へ送るのとでは、精神的な疲労感が全く違う。いくら凄腕と呼ばれ持て囃されても、人の想いというのはそれほど重いのだ。
エマがいなかったら、おそらくセツナはあの子を無理やり成仏させていた。事故のきっかけとなったサンダルは、きっと永久に両親の元へ帰ることなく猫の寝床で朽ち果てていったのだろう。
人の家に押しかけてくるし一向に成仏する気のない困った幽霊ではあるが、少しだけ感謝してやってもいい。今回に限っては。
目を閉じると意識がゆるゆると落ちていく。
昼夜逆転は除霊師の宿命とは言え、睡眠はやはり大事だ。除霊は体力勝負なのだから。
「セッちゃーん、ここで寝るとオレが寝顔見放題だけどいいのー?」
「……ん、好きにすれば……」
「うわ、駄目だこりゃ。……ってか、セッちゃんてほんと、生真面目がすぎるよねぇ」
原因が分かったんだら、サンダル探しは自治会長さんに任せても良かったのに
どこか呆れたようなエマの声が、子守唄のように聞こえる。
「……ま、それがセッちゃんのいいとこだけどね」
おやすみ、セッちゃん。お疲れさま。
触れることのないはずのエマの指が、そっと髪を撫でたような気がした。
〈第2章/了〉
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