2人が本棚に入れています
本棚に追加
3、きみに届けたい歌と雨傘
可及的速やかにお願いしたいのです、と男は言い、額の汗をハンカチで拭った。
クールビズが叫ばれるようになって久しいというのに、濃紺のスーツを着込んで、ネクタイもきっちり締めている。服装といい言い回しといい、セツナはまるで官僚の答弁でも聞いている気分になった。
「できれば、今すぐお願いしたいのですが……もちろん、代金は上乗せします」
「今すぐは無理ですね。多少の調査が必要です」
「へー、調査? 調査って何すんの?」
何やら興味を惹かれたように声を上げたのは、隣に腰掛けたもう一人の男だった。
こちらはラフなTシャツ一枚だが、室内だというのに帽子にサングラスを身に着けたままの格好である。
「んなもん適当でいいんじゃないの? なんか知らねーけどすごいんでしょ。おねーさん。どんな幽霊でもパパっと成仏させられるって聞いたけど」
「……情報は武器です。相手のことを知らずに挑めば、逃げられたり返り討ちに遭ってしまうこともありますから」
「え、マジ? 幽霊ってそんな怖ぇの?」
軽い調子で喋る青年は、セツナの説明を聞いて大げさに仰け反った。
「返り討ちはやだなぁ。何とかしてよ、おねーさん」
「何とかするには情報収集が必要だと言っているんです。特に、今回のお話は……せめて二、三日は時間をいただけませんか」
スーツの男は、弱り切った表情で眼鏡を取って鼻筋の汗を拭いた。
セツナはリモコンを手にして、エアコンの設定温度を三度ほど下げる。もっとも、この男性の大汗は暑さのせいだけではなさそうだが。
「どうしても、今すぐは無理だと……?」
縋るような言葉に、セツナはきっぱりと答える。
「中途半端な除霊で、余計にひどく付きまとわれても良いのなら、やぶさかではありませんが」
最初のコメントを投稿しよう!