3、きみに届けたい歌と雨傘

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「セッちゃんの浮気者」 「……人聞きの悪いこと言わないでくれる?」  三日後の夜、セツナはとある駅に向かって歩いていた。  当然のように付いて来たエマは、いつものように鬱陶しく絡んではこないものの、すっかりへそを曲げている様子だった。水無月新のことが、余程気に入らないらしい。 「あんなチャラいののどこがいいわけ? 皆見る目なさすぎない?」 「あのね、あの人は歌手なのよ。チャラくても歌が良ければ人気は出るでしょ」 「ほらまた庇う! セッちゃんはオレよりあいつのが良いわけ?!」 「誰がそんな話してるのよ!」  浮気も何も、エマはセツナの恋人というわけではない。そもそも生きている人間ですらない。強引に押しかけてきて住み着いただけの居候幽霊に、なぜそこまで謗られなければならないのか。 「だって、セッちゃんあいつに何時間も口説かれてたし」 「口説かれてないわよ。手がかりを探してただけ」 「手がかりっつったって何の役にも立たないじゃん、あんな話。ネットで調べれば分かることばっかだしさ」  エマは不満げな様子を隠しもしない。水無月の話はほとんど自分語りや自慢話に終始しており、たいして実のある内容ではなかったのだ。彼自身のプロフィールやデビューするまでの流れなども確認したが、ネットに載っている以上の情報はなかった。  セツナとしては最初からあまり期待していなかったので、さして落胆もしなかったが、有意義な時間だったとは言い難い。次の予定があるからと鳥越に促されるまで、彼は楽しそうに喋り続けていた。 「結果的にはね。でも、とりあえず聞いてみないと分からないでしょ」 「聞く前から分かりそうなもんだけど?」  いつになく挑発的な言い方に、セツナは立ち止まってエマと向き直った。 「私のやり方が気に入らないなら出て行けばいいでしょ。止めないわよ、別に」 「それはヤだ」  即答だった。セツナは腰に手を当てて、浮遊する幽霊を軽くにらみつける。 「だったら、邪魔しないで。これは私の仕事なの」 「……はーい」  教師に叱られた生徒のように、エマは肩をすくめて頷いた。  納得していないのは表情を見れば明らかだったが、セツナはそれ以上取り合わず先を急ぐことにする。水無月新との待ち合わせは、夜の九時。あまり悠長にはしていられなかった。  JRと私鉄が乗り入れている大きな駅は、夜の九時でも人通りが多い。こんな人混みに有名人が来ても大丈夫かとセツナは危惧したが、水無月は二つ返事で待ち合わせに応じた。適当に変装していくし、人混みの方がかえって紛れられる、と言う。なるほど、あまりメディアに露出しない歌手なので、余程のファンでなければすぐには気づかれないのかもしれない。  九時ぴったりに待ち合わせ場所についたセツナが待っていると、五分ほど遅れて、水無月がセツナの肩を叩いた。 「遅れてごめんね、セッちゃん。待った?」 「いえ、全然。それより、大丈夫でしたか」 「大丈夫大丈夫。意外と気づかれないものだからさ」  ひらひらと機嫌よく手を振る水無月は、黒のTシャツにジーンズという服装で、伊達メガネと黒のキャップを身に着けている。一見、その辺りを歩く若者と大差ない。  一方、セツナはいつものようにパンツスーツを着用していた。暑いのでジャケットは脱いでいるが、仕事であることは一目瞭然の格好だ。万が一水無月新と二人でいるところを見られても、プライベートで会っている女だとは思われないだろう。  水無月はぐるりと辺りを見回して、やや抑え気味の声で尋ねてきた。 「この駅に幽霊が来るの?」 「ええ、多分。この場所、あなたには分かりますよね?」  セツナの問いかけに、水無月は「へー、さすがだなあ」と感嘆の声を上げた。 「もちろん分かるよ。……ここは、俺の始まりの場所だからね」
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