3、きみに届けたい歌と雨傘

6/6
前へ
/16ページ
次へ
「――癌?」 「そう。あの子、半年前に癌で亡くなったんだってさ」  水無月と別れて帰る道すがら、エマは「彼女」から聞き出した情報を教えてくれた。  名前は、川澄詩帆。路上ライブ時代からの水無月新の大ファンで、彼が有名になってからも欠かさずライブに行っていた。もちろんファンクラブにも入っていたという。  しかし、不運にも若くして癌に侵されてしまい、命を落としてしまった。 「それであんなに痩せてたのね……」 「けど、言ってたよ。いつも水無月新の曲に慰められてた、って」  ――でも、あの曲だけは最期まで聞けなかったの。  ――大好きな、一番好きな曲なのに……CDにも、ライブ映像にも入ってなかったから。  それが、彼が路上ライブで歌っていた「月と雨傘」だったのだ。 「よくそこまで聞き出せたわね、エマ」  あの場にいたのはそんなに長い時間ではないのに。  セツナの言葉に、エマは半目になった。 「何言ってんだか。セッちゃんが水無月新とずーっと喋ってるから、あの子気にしてたんだよ?」 「え? そうなの?」 「そりゃ、大好きな歌手が知らない女と親しくしてたら気になるでしょ。しかも思い出の場所でさ。だからオレが相手してたの」  ふん、と鼻を鳴らしてエマはセツナの前に回り込んだ。 「感謝してよね、あの子が暴走してたら、水無月新だって危なかったかもしれないんだから」 「そうね。今回は感謝してるわ、ありがと」  するりと、感謝の言葉が口を衝いて出る。水無月新の歌に影響されたのかもしれない。  だが、エマは口をぽかんと開けた。まさか素直に礼を言われるとは思っていなかったらしい。 「セ、セッちゃんが素直すぎて怖い……!」 「ちょっと何よそれ、失礼ね。いつもは素直じゃないみたいじゃない」 「いや素直じゃないでしょ?! 大丈夫? 変なものでも拾い食いした?」 「するわけないでしょ! あーもう、とっとと帰るわよ!」  わめく幽霊を放置して、セツナは足を速める。  今夜は、彼の曲を聞いて眠ろう。  優しく、愛に溢れた、死者をも慰める安らかな歌を。 〈第3章/了〉
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加