1、ナースコールは止められない

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「……というわけなんです、先生」  額の汗を拭きながら状況を説明したのは、とある病院の事務局長であった。  先生、と呼ばれた女性は口をつぐんだままだった。もしや気を悪くしたか、と事務局長はいそいで話を続ける。 「いえ、あの、本当にナースコールが鳴るだけでして、それ以上何が起こるわけでもないんですがね……とにかく、看護師たちが怖がっておりまして」  事務局長自身は経験したことがないが、なにしろ午前三時に鳴るナースコールだ。何も起きなくても不気味には違いない。夜勤に当たる看護師たちには同情したくなる。 「あの病院には行きたくないという評判が立てば、今後の求人にも影響しますし……」 「…………。」 「まさかそんな非科学的なこと、とは思うんですが……今の看護師たちが辞めると言い出したら、それこそ死活問題でして」 「………………。」 「ですから、その……是非とも先生に調査をお願いできないものかと思った次第で。もちろん報酬は」 「いつからですか」  唐突に飛んできた質問に、事務局長は一瞬戸惑った。 「いつ……と言いますと?」 「ですから」  そのナースコールが始まった時期です。  口調は落ち着いていたが、なぜか急かすような響きが感じられた。 「ああ、始まりですか。ええと、確か……」 「三ヶ月前ではありませんか」 「え? ど、どうしてそれを」  事務局長は目を白黒させた。女性の言うとおりだ。  看護師たちの話によると、気まぐれなナースコールが始まったのは今年の春頃。つまり、三ヶ月ほど前である。しかし、目の前の女性が何故それを知っているのか。  女性の顔がぴくりと痙攣した、ように見えた。 「……あんの、バカ幽霊……!」 「はあ?」 「失礼、何でもありません。お話は分かりました。さぞお困りでしょう」 「そ、それでは、受けて下さると?」  あわてて姿勢を正した事務局長に、女性は頷く。 「もちろんです。すぐにでも伺いましょう」 「ありがとうございます。助かります……!」  事務局長は頭を下げ、内心で胸を撫で下ろす。  知人から聞いてこの調査事務所を訪ねた時は、一体どうなるかと思ったものだが。これで少しは肩の荷が下りるというものだ。  改めて目の前の女性を見る。夏なのにきっちり着こんだ紺色のパンツスーツと、長いストレートの黒髪。サスペンスドラマに出てくる女弁護士と言われても納得してしまう隙のない容貌だが、よく見れば目鼻立ちは意外と丸みを帯びている。最初は三十才前後かと思ったが、実はもっと若いのかもしれない。  柏木セツナ。  表向きには、民間の調査員。  だが、その調査事務所には、裏の業務がある。  もちろん看板などは出していない。依頼人は皆、口コミを頼りにやってくる。今回の事務長のように。  調査員、柏木セツナの裏の顔。  それは、若手の凄腕「除霊師」であった。
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