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事務局長はしきりに首を傾げていた。
先日、病院宛に匿名で寄付があったのだ。それだけでも珍しいことだが、不思議なのは金額だった。一ヶ月ほど前、病院内の「除霊」というあまり表向きには言えない依頼をした際に、支払った金額と同じだったのである。
「ううむ、おかしな偶然があるものだな……」
一体、誰からなのだろう。
考えたところで答えが出るはずもなく、事務局長は結局思考を放棄した。院内の怪奇現象も無事に治まったことだし、これはありがたく受け取っておくことにしよう。
「……追い払っただけじゃ、ね。お金は受け取れないわ」
契約書と領収書をシュレッダーにかけながら、セツナは苦笑する。エマ絡みの依頼でお金を受け取った時には、いつもしていることだ。
「えー、勿体ない。もらっとけばいいのに、交通費だってかかってるんだしさ」
「そうはいかないの。これは除霊師としてのけじめなんだ……か、ら……?」
おかしい。事務所には一人しかいないはずなのに。
今、自分は誰と喋っていた?
「……ッ、え、エマぁぁ?!」
「あっははは、セッちゃん、気づくのおっそ」
「あ、あんた、何で……?!」
応接室のソファーでけらけらと笑っていたのは、まぎれもなく件の幽霊だった。
セツナは愕然とする。一体、いつからここに。まったく気配が感じられなかった。しかも、事務所には結界が張られているはずなのに。
もしや、突破したのか。あの結界を。
この男、どこまで強い霊力を持っていると言うのだろう。
「オレさあ、考えたんだよね」
「な……何を?」
「誰かに構ってほしくて、幽霊っぽく色々やってみたけどさ。そのたびにセッちゃんが止めに来るじゃん」
「当たり前でしょ?! それが私の仕事なんだから」
「うん、だからね」
それならもういっそ、自分から行けばいいじゃん? って思ったわけ。
いかにも名案、と言いたげな男にセツナは二の句が告げない。
「……は?」
「そうすればオレは寂しくないし、セッちゃんはわざわざ出向く手間が省けるっしょ。ほら、一石二鳥」
「ふ、ふざけないでよ!!」
何が手間が省けるだ。この空気の読めない幽霊に四六時中付きまとわれるなんて、こちらの精神がおかしくなってしまう。
目眩を感じ始めたセツナに、エマはにたりと笑みを浮かべた。
「駄目? なら追い出してもいいよ、別に」
出来るなら、ね。
言っとくけど、塩まいたくらいじゃ効かないから。
ざあっ、と血の気が引く音が聞こえたようだった。
厳重な結界すらも難なく乗り越えてきた、この最強の幽霊を成仏させる術は、今のところない。つまり、これは最早「憑りつかれた」も同然で。拒否権など、最初から無いのだ。
「っ、最っ悪……!!」
「まあまあ。こう見えてもオレ、けっこう役に立つよ? 幽霊と意思疎通なんて余裕だし。調査の助手としては悪くないと思うけど」
「いらないわよっ!」
「あ、心配しなくてもお風呂やトイレを覗いたりはしないって。多分」
多分って何だ。ひとつも安心できる要素がない。がっくりと肩を落としたセツナは、改めて決意を固めた。
「こうなったら……一日でも早く成仏させてやる……っ」
まなざしにありったけの力を込めると、幽霊はくつくつと笑った。
「じゃ、とりあえず、その日まではよろしく、ってことで」
裏では、除霊師と幽霊。
表向きには、調査員と(見えない)助手。
奇妙な因縁が生んだ同居生活は、まだ始まったばかりだった。
〈第1章/了〉
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