1、ナースコールは止められない

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 事務局長はしきりに首を傾げていた。  先日、病院宛に匿名で寄付があったのだ。それだけでも珍しいことだが、不思議なのは金額だった。一ヶ月ほど前、病院内の「除霊」というあまり表向きには言えない依頼をした際に、支払った金額と同じだったのである。 「ううむ、おかしな偶然があるものだな……」  一体、誰からなのだろう。  考えたところで答えが出るはずもなく、事務局長は結局思考を放棄した。院内の怪奇現象も無事に治まったことだし、これはありがたく受け取っておくことにしよう。 「……追い払っただけじゃ、ね。お金は受け取れないわ」  契約書と領収書をシュレッダーにかけながら、セツナは苦笑する。エマ絡みの依頼でお金を受け取った時には、いつもしていることだ。 「えー、勿体ない。もらっとけばいいのに、交通費だってかかってるんだしさ」 「そうはいかないの。これは除霊師としてのけじめなんだ……か、ら……?」  おかしい。事務所には一人しかいないはずなのに。  今、自分は誰と喋っていた? 「……ッ、え、エマぁぁ?!」 「あっははは、セッちゃん、気づくのおっそ」 「あ、あんた、何で……?!」  応接室のソファーでけらけらと笑っていたのは、まぎれもなく件の幽霊だった。  セツナは愕然とする。一体、いつからここに。まったく気配が感じられなかった。しかも、事務所には結界が張られているはずなのに。  もしや、突破したのか。あの結界を。  この男、どこまで強い霊力を持っていると言うのだろう。 「オレさあ、考えたんだよね」 「な……何を?」 「誰かに構ってほしくて、幽霊っぽく色々やってみたけどさ。そのたびにセッちゃんが止めに来るじゃん」 「当たり前でしょ?! それが私の仕事なんだから」 「うん、だからね」  それならもういっそ、自分から行けばいいじゃん? って思ったわけ。  いかにも名案、と言いたげな男にセツナは二の句が告げない。 「……は?」 「そうすればオレは寂しくないし、セッちゃんはわざわざ出向く手間が省けるっしょ。ほら、一石二鳥」 「ふ、ふざけないでよ!!」  何が手間が省けるだ。この空気の読めない幽霊に四六時中付きまとわれるなんて、こちらの精神がおかしくなってしまう。  目眩を感じ始めたセツナに、エマはにたりと笑みを浮かべた。 「駄目? なら追い出してもいいよ、別に」  出来るなら、ね。  言っとくけど、塩まいたくらいじゃ効かないから。  ざあっ、と血の気が引く音が聞こえたようだった。  厳重な結界すらも難なく乗り越えてきた、この最強の幽霊を成仏させる術は、今のところない。つまり、これは最早「憑りつかれた」も同然で。拒否権など、最初から無いのだ。 「っ、最っ悪……!!」 「まあまあ。こう見えてもオレ、けっこう役に立つよ? 幽霊と意思疎通なんて余裕だし。調査の助手としては悪くないと思うけど」 「いらないわよっ!」 「あ、心配しなくてもお風呂やトイレを覗いたりはしないって。多分」  多分って何だ。ひとつも安心できる要素がない。がっくりと肩を落としたセツナは、改めて決意を固めた。 「こうなったら……一日でも早く成仏させてやる……っ」  まなざしにありったけの力を込めると、幽霊はくつくつと笑った。 「じゃ、とりあえず、その日まではよろしく、ってことで」  裏では、除霊師と幽霊。  表向きには、調査員と(見えない)助手。  奇妙な因縁が生んだ同居生活は、まだ始まったばかりだった。 〈第1章/了〉
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