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2、急募:子供の泣き止ませ方
「おっはよー、セッちゃん」
「…………。」
「ちょっとちょっと、挨拶くらいしてよー。寂しいじゃん」
事務所のドアを開けた途端、浴びせられる声にセツナはこめかみを押さえた。うるさい。
なにゆえ朝からこれほどハイテンションなのか。仮にも幽霊のくせに。
セツナの居室は、調査事務所と同じフロアにある。1Kのさして広くもない部屋だが、一人で暮らすには十分だ。
除霊師とは言え一応表向きには調査事務所を装っているので、特に用がなくても朝からきちんと事務所に行くことにはしている。
だが、除霊師の仕事は夜が多い。中には徹夜になることもある。元々セツナは夜型であり、それ自体は苦痛ではないが、一方で低血圧のため朝には弱い。よろよろと事務所に出勤したはいいがやはり眠気と怠さに耐えられず、ソファーで寝てしまうこともよくあった。
実際、調査事務所としての依頼は年に数回程度しかないので、留守電にしておいてもほとんど差し障りはない。本業の除霊依頼は依頼書を送ってもらった上でセツナから連絡を取り、直接来てもらうことになっている。
他に事務員がいるわけでもなし、多少船を漕いでいても誰にも咎められることはなかった――今までは。
「うわ、すんごいクマ。セッちゃんさぁ、もう少し化粧で隠すとかしたら?」
「……ほっといてよ」
もはや応じる気力も湧いてこない。
この、傍迷惑な同居人――否、同居幽霊が来てからと言うものの、セツナの調子は乱されっぱなしである。
幽霊の名前はエマ。若い男性の姿をしているが、年齢も素性も一切謎だ。しかし霊力は異常に強く、凄腕と評されるセツナであってもことごとく除霊に失敗している。
先日もとある病院で彼と相見えたものの、結局追い出すことしかできなかった。しかもその後、エマはこの事務所にやってきて居着いてしまったのである。張り巡らせた結界を、難なく突破して。
いくら追い出したくても、この無駄に強すぎる幽霊には除霊の技が一向に効かない。以来、セツナはエマと望まぬ同居生活を強いられているのだ。
「ところでさぁ、セッちゃん、枕変えたほうがいいんじゃない?」
「……なんで」
「だって明らかに変な角度で寝てたよ、昨日。あれじゃ首痛めると思うけど」
さも心配しているような口ぶりだが、聞き捨てならない。なぜ、セツナの寝方を知っているのだ。
「あんたまた部屋に入ったわね?! うろつくのは事務所だけにしてって言ったでしょうが!!」
「えー? セッちゃんの歯軋りがひどいから心配してちょっと覗いただけなのになぁ」
「……どこぞの馬鹿幽霊のせいでストレス溜まってるのよ!! 次部屋に入ったら口に塩の塊突っ込むからね!!」
「わー、怖い怖い」
セツナの剣幕に、エマは両手を上げて降参の意を示す。が、あからさまな棒読み口調だ。
塩くらいで成仏してくれる相手ではないのは、セツナとしても百も承知だ。せいぜい嫌がらせ程度のものだが、やらないよりはましだった。気持ちの問題である。
全く悪びれない最強幽霊を前にして、セツナは今日も頭痛を堪えなければならなかった。
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