2、急募:子供の泣き止ませ方

2/5

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「……なんで付いてくるのよ」 「だって、家に一人じゃ寂しいじゃん」  置いてかないでよー、などと哀れっぽい声を上げるエマを、セツナは睨みつけた。この寂しんぼ幽霊め。 「あのね。私は仕事なの。除霊に行くわけ。分かる?」 「もちろん。依頼書来てたしね」 「なんで幽霊を連れて除霊に行かなきゃならないのよ。おかしいでしょ?!」  一応辺りに誰もいないことを確認した上で、セツナは声を荒げる。いくら強力とは言え、エマは幽霊だ。一見するとセツナが一人で怒鳴り散らしているように見えてしまう。 「えー、いいじゃん別に。前も言ったけど、オレ割と役に立つと思うよ? 弱いやつならオレが近づくだけでいなくなるし」 「その場からいなくなるだけじゃ困るのよ。成仏させないといけないんだから」  エマの霊力が、他の幽霊をビビらせるほど桁外れに強いのは本当のことだが、それで逃げられてしまっては除霊師としては迷惑なのだ。他に移って悪さをするようでは、振り出しに戻ってしまう。 「いい? 私は除霊に行くの。頼むからあんたは近づかないで。離れたとこから見てるだけなら許してあげるから」 「えー? そんなのつまんないじゃん」 「あんたを面白がらせるために行くんじゃないのよ! いいから、離れてて。分かった?!」 「はいはい。仕方ないなぁ、もう」  それはこっちの台詞だ。  ふわふわと奔放に浮遊するエマを無視して、セツナは依頼書を広げた。  この依頼書は三日前に届き、昨日セツナが依頼者と面談をした上で正式に受けたものだ。  依頼者は地区の自治会長。内容は、児童公園に子供の幽霊がいるようなので除霊して欲しい、というものである。幼子の啜り泣く声を聞いた親子が何人もおり、心霊スポットという噂が立ってしまっているという。   若者が肝試しと称して集まるようになると、夜の治安が悪くなる。自治会長としては、幽霊そのものよりそちらの二次的な影響を危惧しているようだった。 「私はその手の話はさっぱりでしてな」剥げ上がった頭を撫でて、自治会長は苦笑した。 「むしろ野良猫が多いのに困っとるくらいで、幽霊なんてものが本当にいるのかと思うんですが……とにかくお母さんがたが怖がっておりまして。若い連中がたむろしても困りますし」  費用は自治会費から捻出するという。大丈夫なのか。一体どんな名目にするのだろうか、とセツナは余計な心配をしてしまったが、会長は「何、維持管理費で行けるでしょう」とすましたものだった。随分と大雑把な括りである。  とは言え、セツナとしてはきちんと払ってもらえるならお金の出所に文句はない。いつも通り契約書を交わし、代金は後払いということで話がまとまったのて、本日こうして出向いてきたというわけだった。  時刻は午後五時。冬ならば暗くなっているだろうが、生憎季節は夏まっさかりである。まだ辺りは明るく、気温も高い。上半身は半袖のブラウスだが、黒のスラックスとヒールで歩いていると汗が吹き出してくる。  エマは「もっとラフな格好でいいじゃん」などと言うが、余計なお世話だ。これはセツナの除霊師としてのけじめである。  除霊とは幽霊を成仏させることだが、彼らには彼らの執念とも言うべき強い思いがある。本来いるべき場所でない此の世に、彼らを留まらせているもの――それらと対峙し、上回る力で彼らを居るべき世界へ送る。時には、半ば強制的に。  なればこそ、せめて服装くらい礼を持って望まなければ失礼だと、セツナは思っている。夏だろうと、冬だろうと。  アスファルトの道路にヒールの音を響かせて、セツナはつと顔を上げた。 「……着いたわ。ここね」  児童公園。  啜り泣く子供の幽霊が出るという、人気のない夕刻の公園には、遊具の影が長く伸びていた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加