2、急募:子供の泣き止ませ方

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「いい? そこから入ってこないでよ」 「はいはい、分かったってば」  不服そうなエマを公園の外に追い出すと、セツナは早速除霊の準備に取り掛かる。羽織を身にまとい、鈴と笛を装着した。  子供の幽霊と対峙するのは初めてではないが、一口に子供と言っても幼児から高校生まで幅広い。今回の手がかりは泣き声だけだ。幼子のような、という印象はあくまで人の主観なので、セツナとしてはあまり当てにしていなかった。  最近子供が絡んだ事件や事故などがなかったか、一応事前に下調べもしている。交通事故などはいくつか見つかったが、これだと確信できるような記事は見当たらなかった。となると、あとは実際に当たってみるしかない。  ――シャラン、シャラン。  手首に巻いた鈴の音が、人気のない公園に響く。  子供、特に幼い子の幽霊は、自分が亡くなったことを理解していないケースが多い。夜中ではなく、まだ明るい時間を選んだのもそのためだった。  公園に出るということは、ここでよく遊んでいた子供なのかもしれない。まだ遊べる時間帯の方が、姿を見せやすいのではないかと思ったのだ。  ――出ておいで。  セツナは祈るような気持ちで鈴を鳴らし続けた。    やがて、しゃくり上げるような声と共に、滑り台の陰からひょこりと小さな頭が覗いた。  白地にピンクのハートが描かれたTシャツに、水色のスカート。おかっぱ頭の女の子だ。見たところまだ幼稚園児だろう。   一見普通の幼女だが、その姿はゆらゆらと揺らめいており、陽炎のように不安定だ。生きた人間でないのは明らかだった。  ――この子が、今回の幽霊か。  一体どうして、こんなに小さな子が。  ぐすぐすと鼻を鳴らす女の子は不憫だったが、だからこそ余計にこのままにはしておけない。セツナは鈴を鳴らし、女の子を呼んだ。 「……おいで。名前はなんて言うの?」  答えはない。ひくひくとしゃくり上げる声だけが聞こえてくる。  死んでから時間が経った幽霊は、自身の元の姿や言葉を忘れてしまうことがある。しかしこの子は不安定ながらも姿形を保っている。おそらく言葉も通じるだろう。  セツナは根気よく呼びかけを続けた。 「あなたはいくつ? お家はどこかな」 「う……っく、うぁあ……」 「お父さんと、お母さんは?」 「……う、っ、ぅあぁぁあああああん!!」  とうとう女の子は本格的に泣き出してしまう。途端、霊力がブワッと膨れ上がったのがセツナには分かった。  まだ幼いのに。一体、この子に何が――……  鈴の音も泣き声で掻き消されてしまう。  セツナは音での除霊を諦めた。羽織のポケットから数珠を取り出す。可哀想だが、話が通じないならば仕方ない。  この子がどんな気持ちを抱えていても、ここは本来居るべき場所ではないのだ。 「ごめんね、できるだけ楽に送ってあげるから……」 「はいはーい、セッちゃんちょっとストーップ」  突如、間延びした声が場に響いた。   セツナは舌打ちをして振り返る。 「エマ! あんた、入ってくるなって――」 「まぁまぁ、少しだけオレに任せてよ。ね?」  のらりくらりと笑いながら、エマは女の子に近づいていく。霊力の圧など物ともしない。  女の子は未だに泣き続けていたが、エマの存在には気付いたようだった。ふえ、とぐずりながら近づいてくる青年を見つめている。 「よしよし、こーんなに小さいのに。随分悲しいことがあったんだねぇ」  エマは女の子の頭を撫でる。泣き声が少し治まったようだった。   「よし、お兄ちゃんと遊ぼう。滑り台がいいのかな? それともブランコ? シーソー?」 「ちょっとエマ! あんた何言って」 「あのお姉さんも一緒に遊んでくれるって。良かったねぇ」 「誰がそんなこと言ったのよ!」  セツナの制止など気にも留めず、エマは女の子をひょいと抱き上げた。幽霊同士なら触れ合えるらしい。  女の子はまだ涙を一杯に溜めていたが、エマの言葉におずおずと遊具を指差した。 「……ぶらんこ……」 「おっ、王道のチョイスだねえ。じゃあオレと一緒に乗ろうか。ほら、セッちゃんも早く早く」  言い置いて、エマはさっさとブランコに向かって歩き出す。  正直言いたいことは山程あったが、このクラゲのような男を相手にしたところで時間の無駄だ。セツナは眉間に皺を寄せたまま後を追った。
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