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「ほーら、もーっと高く漕いじゃうよー!」
「きゃー!!」
子供の機嫌というものはまるでジェットコースターだ。隣のブランコに腰を下ろして、セツナはそんなことを思う。
さっきまであれほど泣いていたのに、エマと共にブランコに揺られる女の子はすっかり笑顔である。
一応結界を張っておいて良かった。霊感のない人たちが目撃したら、くたびれた社会人女性が一人ブランコに座っているように見えるだろう。しかも隣のブランコは無人で大きく揺れているとなれば、それこそ新たな心霊スポットになってしまう。
「どしたのセッちゃん、でかいため息ついて。漕がないの?」
「……むしろあんたが何でそこまで楽しめるのか不思議だわ」
「えー? 楽しいじゃん。ねえ?」
問われた女の子は「うん!」と満面の笑みだ。先程膨れ上がっていた霊力も落ち着いている。強い霊力を持つエマが側にいても、怖じ気づく気配はない。
「逃げないのね、その子」
「そりゃ、オレだって力の加減くらいできるよ。こんな小さな子相手に怖がらせたりしないし」
エマはことも無げに言い放ち、「ところで」と女の子に尋ねた。
「君の名前はなんて言うの? よかったら教えてほしいなぁ」
女の子は少し首を傾げたが、今度はしっかりと名乗った。
「たかはら、りさき。さんさい」
「りさきちゃんかぁ、かわいい名前だねえ。この公園、好きなの?」
「うん。ままといっしょにくるの」
いとも簡単に情報を聞き出していくエマに、セツナは何とも言えない気分になった。幽霊同士だと警戒心も緩むのだろうか。
「そっかぁ。でも、今日は一人でいたんだね? どうして?」
「…………。」
女の子は黙ってしまった。エマは殊更優しい口調で、ゆっくりと言葉をかける。
「もしかして、何か、探してるのかな?」
「……うん」
「そっかそっか。それって、ひょっとして――サンダルかな?」
サンダル?
セツナは急いで女の子の足元を見る。靴下と同じピンク色だったため気づかなかったが、よく見ると片方しか履いていない。女の子が好きそうな、可愛らしいリボンがついたサンダルだ。
女の子はコクリと頷いた。エマはさらに質問を重ねていく。
「片っぽ、ここで失くしちゃったの?」
「ぶらんこ、こいでて……とばしちゃった」
「そうだったんだね。ママに怒られたの?」
「ううん。あのね、ままは、ゆうちゃんのままとおはなししてた」
「お話してたかぁ。じゃあ、りさきちゃんは自分でサンダル取りに行ったんだね?」
「うん。でも……」
エマの言葉に、女の子は俯いた。
「ねこが、もってっちゃったの」
「猫……?」
――むしろ野良猫が多いのに困っとるくらいで。
自治会長の言葉が蘇ってきた。そうか、もしや。
「なるほど。それで、りさきちゃんは猫を追いかけたんだね」
「うん。ねこ、くわえていっちゃったから」
あっちのほうに。
指差した方角には、道路がある。すぐ側の道は狭い路地だが、少し歩けば大通りに出てしまう。
セツナはある新聞記事を思い出した。二ヶ月ほど前、女の子が車にはねられて死亡した事故――それは、確か、ここから五分ほど歩いたところにある大通りの交差点で起きていたはずだ。
事故で亡くなった人間が幽霊になると、事故現場に留まることがほとんどである。だが、この子は公園にいた。
つまり、この子の未練は事故に遭ったことではなく――……
「あなたは、失くしたサンダルを見つけたかったのね」
セツナの問いかけに、女の子はまた頷いた。思い出したのか、再び涙目になっている。
「ゆうちゃんとおそろいなの。ままが、たんじょうびに、かってくれたの……」
「あーあ、セッちゃんてばいけないんだー、また泣かしちゃった」
「う、うるさいわね。そうと分かれば探すわよ、エマ、あんたも手伝ってよね」
「もちろん。じゃあ、りさきちゃん、一緒に探そうね。大丈夫、きっと見つかるよ」
エマに頭を撫でられ、女の子は「うん!」と元気よく返事をした。
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