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もう全員集まったのだろうか。校庭がとても狭く見える。社人さんたちも、さっき会った子たちも、無事たどり着いていた。みんなは、一族ごと、十ほどの纏まりで固まっている。示し合わせたみたいに、整然と輪状に広がり、中央にははち切れそうな、半世紀以上も前からの古い鞄が並んでいる。輪と輪の間には、こちらも示し合わせたかのように、人二人分の通路が設けられていて、私たちはそこを歩きながら、お母さんを探す。何人かの子どもたちが泣きっ面を向けてくる。その中心にヒロサワ先生の姿がある。私を認めると、「心配しなくていい」と言うかのように頷く。私はおばあちゃんの手を払い、彼のところまで向かう。お父さんを見ていないか訊ねたかったのだ。でも、ヒロサワ先生は何も知らなかった。「研究所に関わる人は、事態の収拾に勤しんでいるんだよ」と私の失望した様子を汲み取って彼は続ける。「どうも生産井で問題が起きたらしいんだ。僕の弟もまだ来ていない」。彼の弟はお父さんの研究所の作業員。何度か会ったことがある。ぶっきらぼうで近寄りがたい雰囲気だけれど、私は彼のことが好きだった。島外での経験を持っていて、興味深い話をたくさんしてくれるのだ。私は先生に礼を告げ、おばあちゃんの元へと戻ろうと見回す。おばあちゃんは朝礼台の側にいた。そこにはお母さんもいる。
「お母さん、お父さんは?」と私は勇んで訊ねる。お母さんは私に会えて胸をなで下ろしているようだったが、慌てた様子でおばあちゃんに目を向ける。でもおばちゃんも困惑している。お母さんは今にも泣き出しそうな潤んだ目で、黙って足場を見つめる。おばあちゃんは諦めと覚悟の入り混じったため息をつき、しばらく唇を噛み締めて、やっと口を開く。
「メイコ、あんたは本土行きの船さ乗るんよ」
私は言葉の意味がわからない。
「これから、島を出るの」お母さんが喋り出す。声はやはり涙ぐみ、私から目を逸らしている。「ちょっとした事故が起きてね、島を離れなくちゃならないのよ。少しの間、ね」
「ずっと東京さ行きたがってただろ?」おばあちゃんは笑いかけてくる。
「おばあちゃんは隣の島でやらなくちゃいけない用事がある。わかるでしょ? おばあちゃんにしか出来ない仕事よ。あなたと私は東京へ向かう」とお母さんは説明を添える。「それにね、メイコ、大丈夫よ。すぐ帰ってこれるから」
が、私には何も理解できない。爆発? 島を離れる? おばあちゃんと別々? 東京?
「じゃあ、お父さんは?」私は一つだけ訊ねる。張り詰めた空気、大人ですら平静を失う状況、全てに答えを求めることなど不可能だ。
でも、一番大事な質問への答えはない。
「ねえ、お父さんは?」抑えようとしてもどうしようもなく、声は荒ぶってしまう、島に打ち付ける波のようだ。砂埃が依然として舞う中、お母さんは目を背け悲壮な表情を、おばあちゃんは宥めすかすような笑顔を浮かべている。
「島を離れたくない」私は願っている。でも、無駄だと分かっているから言葉にならない。
「なあ、メイコ」とおばあちゃんは跪いて、私を覗き込む。
「いつか帰ってこれるさ。お前の気持ちはわかる。あたしだって島を離れたくないよ」
私は頷くまま、顔を上げられない。涙を流しているからだ。おばあちゃんは腕を回し、悠然と私を抱きしめる。そして耳元で何かを呟く。おばあちゃんのものと思えないほどにか細い声で。私はその囁きを聴こうと目を閉じる。
「忘れなければ、必ず帰ってこれるさ」忘れなければ、必ず戻れる。
私は、その言葉を瞼の裏に刻み込む。
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