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「うん、元気だよ」
擦れた声は正反対の事実を示している。
「風邪ひいてる」と案の定続く。
いつもわたしは世話を焼かれてばかり。少し間抜けなわたしに優しく見守ってくれるユズ。なにも変わらない。どれくらい歳月が経ようと、何万キロと隔てられようと。
「こっちは昨日、雪が降ったんだ。でも私、薄着しちゃった。天気予報みなかったんだ。だから、少し熱っぽいのかな。あ、でも心配しないで。今、薪を焼べたばかりで、部屋の中はとっても暖かいの」
ため息交じりの微かな笑いが聞こえる。
「それは小説の話」そう、私が昔書いた小説の話。
えへへ、とわたしは緩んだ声で笑う。ユズも、うふふ、と可愛らしく笑ってくれる。回線を通していても、わたしたちは昔のまま。深いところで繋がり合えている。なんて言えば嘘くさくなってしまうけど、やっぱり嬉しい気持ちが胸に広がる。まだ自分の中に、汚れのない部分が残されているみたいで。
「それにね、今、トロールの毛皮で作ったコートを着てるんだ。トレッキングシューズがあれば、雪国でも越えられるよ」
回線を通して戻ってくるその声は、まるで重病人。隔離されるべき重篤患者。
「本当に大丈夫? もう夜更けなんじゃない、そっちは? 早く寝た方がいいよ、無理せずに」
わたしはかぶりを振る、ユズと話をしたいと加えて。まるで聞き分けの悪い子どもみたい。
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