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でも怖いとは思わなかった。その目は潤み、彼女から悔しさや悲しみが感じられたから。
言われて改めて考えた。
冴島さんはいつもわたしのことを思いやってくれた。
たとえば、ディナークルーズのときに内緒で用意してくれたストール。空港のターミナルビルで買うこともできたのにそれをしなかったのは、わたしが必要以上に遠慮しないようにだと思う。
また、普段は現場に足を運ばないのに、レセプションの準備中に来てくれたのは、わたしの様子が気になったからと考えることもできる。
そうだよ。わたしと一緒にいるときの冴島さんは誠実で、嘘偽りも感じなかったじゃない。だいたい、親しい野上さんやコタさんに“彼女”として引き合わせてくれたのだから、もっと自信を持っていいよね。
「紅葉はさっき休憩を取ったばかりだろう。さっさと仕事に戻れ」
コタさんが険しい顔つきで言う。
「わかってるよ。セットのスープを持ってきたの」
紅葉さんはふたり分のスープカップをテーブルに置いた。
透き通ったコンソメスープからいい匂いが漂ってくる。この洋食屋の料理はどれもおいしい。このスープもそうに違いない。
「ありがとう、紅葉さん。紅葉さんの言葉を信じます」
「別にあなたのためにっていうわけじゃないし……」
「わかってます。冴島さんのことをずっとそばで見てきたからこそ、誤解してほしくないんですよね」
紅葉さんは口を尖らせながらも素直に頷いた。
冴島さんと瑠璃さん、そして恒松社長との間で交わされていた会話はかなり意味深だった。冴島さんが瑠璃さんを恒松社長から引きはがそうとするあのシーンは、思い出すと今でも涙が出そうになる。
でもきっとなにか理由があるんだ。紅葉さんの言葉はわたしに信じる力をくれた。
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