9.心の奥で触れ合って

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 冴島さんがおもむろに箸を置く。よく見ると、すでに定食を食べ終わっていた。わたしときたら半分以上残っている。 「す、すみません。急いで食べますね」  完全にキャパオーバー。わたしはとっさに話題を変えてしまった。 「ゆっくりでいいよ」  冴島さんは気にする様子もなく微笑んでくれた。  箸を持つ手が震えそうだ。彼の視線から逃れるように冷めたお味噌汁をすすった。 「今夜、会える?」  えっ、急にそんなこと……。うれしいけれど、できればお味噌汁をすすっているときに言わないでほしかった。  お味噌汁を飲み込んで、「はい」と返事をする。  今日は残業の予定だったけれど、残った仕事は明日の開店前にやればいい。ようやく会えるんだ。このチャンスを逃したくない。  わたしは視線を合わせる。 「うれしいです、会えるの」 「僕も」  甘い声で即答されて、その余裕にやっぱり負けたと思いながら目を伏せた。
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