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Chapter-1
女は人を好きになると、その人のために努力をする。
ダイエットしたり、化粧を勉強したり、片思いの男性が好きそうな服を着てみたり、うまくいかなくて落ち込んだりしながら、その人の気持ちを手に入れるために血眼になる。
恋愛とは、努力と挫折を繰り返す戦いだ。
それが九能麗秀が、書店に平積みにされている恋愛小説を何冊か読んでみた後の感想だった。
……私には無理だな。
麗秀は思った。
自分を変えてまで渇望する恋とは、一体どのようなものなのか。
恋愛中の人間は、みんな本当に本の中に出てくるような恋をしているのか。
そんな恋の相手をどこで見つけるのか。
麗秀は本当の恋というものを知らなかった。
それどころか、他人と一緒にいることに苦痛を感じるような女の子だった。
「仲のいい者同士で班をつくりましょう」
よく学校で聞くセリフ。
他人を選び、そして選ばれる。
相手がこちらをどう思っているのかが、頭の中で回り始める。
麗秀はそういう状況が嫌いだった。
読んでいた本をテーブルに置き、急に浴室に向かう麗秀。
悪い気分を洗い流せると思っているわけではないが、彼女は風呂が好きだ。
それは、湯船に浸かったり、シャワーを浴びていると、とても落ち着くからだった。
リラックスした風呂上がりに、髪を乾かしながら、鏡に映った自分の体を見る麗秀。
ドライヤーを握っている右腕と、髪を押さえる左腕。
胸は膨らみかけているというよりは、まだ幼女のように小さい。
そして木の枝のように細い両足。
「これで背が低かったら、幼児体型が好きな層に受けるのかもね」
麗秀は自分の体を見て自重した。
今年16歳になった女子高校生にしては、発育が悪いと思ったのだ。
身長172cm 体重48kgの体は、同年代の男子よりも背が高いこともあり、女子よりも軽いこともある。
それが彼女のコンプレックスにもなっていた。
彼女の容姿――。
長い黒髪、切れ長の二重。
駐車場にいる猫のように退屈そうな表情は、入学したばかりの高校で、すでに数人の男子から告白されていた。
それでも彼女は自分が嫌いだった。
薄い顔も、高い身長も、いくら食べても増えない体重も、ひょろ長い手足も、膨らまない胸も――。
九能という仰々しい苗字も、麗秀という男性のような名前もすべてが嫌いだった。
普通でいい……。
それがよく彼女の心の中で呟く、口癖だった。
彼女は、髪を乾かし、浴室から出る。
そして部屋へ戻り、ライトが付いていたのでスマートフォンを確認した。
――悪いが仕事で一ヶ月は家に戻れない。
――いつも通り生活費は口座に振り込んでおくから、
――何かあったら連絡をするように
それは麗秀の父親からだった。
慣れている麗秀は、特に何も感じることもなくテーブルに置いたあった栞が挟んでいる本を手に取った。
麗秀は池袋にある2LDKのマンションに、ほとんど一人暮らし。
それは、彼女がまだ小学生·高学年の頃からずっとだった。
麗秀は、手に取った本を少し読むと、すぐにテーブルに置いた。
……ダメだ。
何が面白いのかまったくわからない……。
手に取った本は、ジョン·ル·カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』。
麗秀の父親が好きな本だった。
彼女が本を読むようになったのは、父親の影響だ。
だが彼女は、父親が好きな本どれを読んでも途中で投げ出してしまっていた。
「いいや……」
不機嫌そうに麗秀は、すぐに次の本を手に取る。
萩原規子の『RDG レッドデータガール』。
麗秀はこの作品の主人公に共感している。
世間知らず、コミュニケーション下手、運動音痴、コンピューターも携帯電話もダメな機械音痴。
そして何より、普通になりたいと願う主人公に自分を重ねていた。
「行きたくないな……学校……」
独り言を呟く麗秀。
本を読みながらベットに横になった彼女は、しばらくしてから、そのまま眠ってしまった。
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