40人が本棚に入れています
本棚に追加
Chapter-10
「仕事で忙しかったんじゃないの?」
驚いた様子もなく、冷たく言う麗秀。
麗秀の父親、九能の容姿は、不精髭のせいだろうか。
若く見えない事もないが、ずいぶん老けても見える。
麗秀の父親はいつもダウンジャケットを着ているのだが、さすがに初夏に入ったこの時期には無地のカジュアルなシャツ姿だった。
「すぐに出るよ。忘れ物を取りに来たんだ。それより沁慰さんのパーティーに行ったみたいだね。いや~私も行きたかったなぁ」
九能はヘラヘラとしながらそう言うと、自分の部屋に向かっていった。
……ったく、こっちは父さんのせいで生まれてからずっと気を使っているのに、いい気なものよね。
心の中で呟く麗秀。
麗秀はキッチンに向かい冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。
その後に、リビングの窓から外を見つめる。
そして、今になってあることに気がついた。
……あっ! ゴハンのこと忘れてた。
シャワー浴びちゃったからもう外に出たくないし……。
しょうがない、冷蔵庫の残り物を使って適当になにか作るか。
麗秀が大きなため息をついていると、九能がリビングに来て、ソファーに腰を掛けた。
テーブルの上に、持っていた鞄をそっと置いて、体を伸ばし始めている。
「あれすぐ出るんじゃなかったの?」
「ちょっと予定が変わったんだ。時間ができたから、お前と久しぶりに食事でもしようと思ってね」
「えっ? でもなにもないよ。作ってないもん」
「じゃあ出前でも取ろう。それか外にでも食べに行くか? 麗秀の好きなものでいいよ」
その時、父親の携帯が鳴った。
電話に出る父親。
どうやら相手は沁慰のようだ。
「麗秀、沁慰さんがタイミングよく食事でもと言ってる。一緒に行こう」
……沁慰叔母さんがいるなら行こうかな。
麗秀は外に出たくなかったが、沁慰が誘っていると聞いて行くことにした。
部屋に戻り、私服に着替え、沁慰が車で迎えに来るそうなので、それを待つ。
待っている間、灰色の薄手パーカーの下に七分袖の白いシャツ、そして黒いスカートに着替えた麗秀は、玄関にある鏡を見ていた。
……よし普通、普通だ。
これなら誰も気にしない。
しばらくし連絡が来たので、父親を置いて先に下へ行く麗秀。
マンションの前には、オールテレンブルーのハマーH2が止めてあった。
「は~い麗秀!」
後部座席の窓から、沁慰が声をかけてきた。
昨日と同じ、青色のダブルスーツ姿だ。
よく見ると運転席と助手席には、ダークカラーのスーツ姿の男がいる。
……運転手? それともボディーガード……なのかな?
全然強そうじゃないけど。
麗秀がそう思うのも無理はなかった。
何故なら二人の男は、髪が長く女性のように華奢で、中性的な風貌をしていたからだ。
少し遅れて九能が来て、車は出発する。
「麗秀と二日続けて食事できるなんて嬉しいわ。何か食べたいものはある?」
麗秀は特に食べたいものが出てこなかったので、沁慰に任せることにした。
……派手な車とスーツを着た男の人。
これがなければ普通なのに……。
内心そう毒づきながら、窓の外を見る麗秀だった。
最初のコメントを投稿しよう!