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Chapter-11
沁慰が選んだ店は、中華料理屋だった。
マンションからさほど遠くなく、池袋駅北口にあって、店内はそれなりに広い。
内装は中華料理屋らしく赤で統一され、中国風の天井飾りや、門、柱、イス、照明器具などには龍が彫ってある。
沁慰の話によると、一見、高級店のように豪華な店だが、ランチタイムとディナータイムでは二時間千二百円の食べ放題をやっているので、客層は幅広いと言う。
運転手と助手席にいた二人は、沁慰が手を叩くと、そのまま店の奥へ消えていった。
それから、すぐに店員が現れ、沁慰と九能に拳を手で包んで頭を下げる。
……中国の武侠ものの挨拶みたい。
リアルでありえないよ、こんな挨拶……。
普通でいいのに……。
店員の挨拶を見て、麗秀は少し嫌な気分になった。
そして、三人は奥へと案内された。
移動中に、食事をしていた人たちが席から立ち上がって集まって来る。
沁慰と九能、二人の前で、先ほどの店員と同じように拳を手で包んで頭を下げる。
……ひゃあ~! そんなことしないで!!
もし店に学校の人が来てたら、変に見られちゃうよぉ~!!
そう思いながら麗秀は、ポケットに入れていたマスクで顔を隠し、パーカーのフードを被った。
……もしかして工藤くんはこれと同じような状況をどこかで見たのかな?
でも、こんな店に来そうにないし、どこでお父さんのこと知ったんだろ?
店内を横切って、上の階へ行く。
少し歩くと、個室と呼ぶにはあまりにも広い部屋に到着した。
部屋の中央には、中華料理店らしく丸い回転テーブルが置いてある。
運ばれてくる料理を待ちながら、三人は話をした。
「そういえば麗秀。今日の帰り道でお前が男の子と歩いていたと聞いたんだが」
「そうなの? やるじゃない麗秀、今度紹介してよ」
訊いてくる九能に、嬉しそうに言う沁慰。
……もう知ってるんだ。
相変わらず早いなぁ……。
麗秀は、父である九能がどこでそのことを知ったのかわかっていた。
麗秀の父親は、表向きは個人で探偵をやっていることになっているが、実は情報屋をやっている。
だが本当は、工藤に言われた通りコリアンマフィアだ。
しかも、都内全域にあるコミュニティの首領である。
その正体を知っているのは、コミュニティのメンバーと、その従妹であり、先日チャイニーズマフィアのボスだった叔父の後を継いだ沁慰だけだ。
九能が、今まで都内で一番優秀な情報屋でいられたのは、コリアンマフィアの力があるからだった。
だから麗秀に何かあれば、すぐに父親の九能に知られてしまう。
「別に、ただのクラスメイトだよ」
麗秀は笑顔で返した。
「そうか。でも男の子と一緒に帰るなんて聞いたのは初めてだからね。ちょっと心配なんだよ」
……お父さんには言えない。
工藤くんが、お父さんの正体を知っているなんて言えない。
もしそのことがわかったら、工藤くん……殺されちゃう。
そしたらもう、私の生活は普通じゃなくなっちゃうよぉ……。
はぁ……なんでこう普通じゃないことばっかり起こるんだろう……。
麗秀は、運ばれた料理に箸を伸ばしながらそう思った。
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