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Chapter-13
数日後の午前10時――。
麗秀は、工藤と一緒にシネマサンシャイン池袋に来ていた。
灰色の薄手パーカーの下に七分袖の白いシャツ、そして黒いスカート姿と、いつのも地味な麗秀。
工藤は、ロイヤルブルーのワイシャツ、細身のブラックジーンズ姿で、スリムなパンツのせいか、足がさらに長く見えた。
中に入った二人は、中央の席に並んで座る。
客は土曜日だったためか、学生風の男女や家族連れが多い。
工藤は、上映前にドリンクを買ってくると言って、席を立った。
一人でスクリーンを眺めている麗秀。
カップルだろうか? 目の前の席に座っている男女が仲良さそうしていた。
楽しそうに笑い合い、まだ照明が点いているというのに、じゃれ合ってキスをしようとしている。
……わぁ~! こんな人の多いところで!?
とても私には出来ないなぁ……。
麗秀が両手で顔を覆いながら、カップルらしき男女を見ていると、工藤が帰ってきた。
その手には、コーラとカルピスウォーター。
そして定番のポップコーン――スタンダードな塩味。
「え~と、九能はカルピスでよかった?」
「うん……。ありがとう」
「よかった。なにがいいか訊き忘れてたからさ。九能がよく学校で飲んでいたやつにして正解だった」
安堵の表情を浮かべる工藤。
自分の好みを知られていた麗秀は、少しだけ驚いていると、照明が消え、スクリーン上で予告編が始まった。
二人が観に来た映画は、『レディ·プレイヤー1』。
アーネスト·クラインによるベストセラー小説『ゲームウォーズ』の実写映画で、VR(ヴァーチャルリアリティ)を舞台にしたSFアドベンチャー作品だ。
麗秀が、特に何も言わなかったので工藤が選んだ映画だ。
「九能って映画館とかはよく行くの?」
「ううん、小学校以来だよ。工藤くんは?」
「俺はまぁ、話題作とかはたまに」
誰と来ているんだろう……。
麗秀は言わなかっったが、内心そう思った。
工藤の立ち振る舞いが慣れていたので、よく来ているようには見えたからだ。
昔に付き合っていた人とかかな……。
ぼんやりとそう考える麗秀。
映画が始まると、二人は何も話さず黙ってスクリーンに映る映像を観る。
原作の小説が80年代当時のポップカルチャーや特撮ネタをふんだんに盛り込んだストーリーであることから、まだ十代の二人でもなんとなく見覚えのあるキャラクターなどが出てきていた。
前情報なしで来ていた麗秀だったが、思いのほか楽しめたようだ。
映画終了後に二人は、近くにあったイタリア系のファミリーレストランで昼食をとることにする。
店内に入ると、さすがにお昼時のため混んでいたが、さほど待たずに席につけた。
「なに食べる?」
そう言ってメニューを渡してくる工藤。
「工藤くんは決まっているの?」
「あぁ、よく来るしな、九能はファミレスとか来ないの?」
「わ、私は……」
麗秀は、ファミリーレストランに来たことがなかった。
だが、そうとは言えず、適当に返事を返す。
そもそも麗秀が外で他人と食事をするといったら、亜美や杏と行くファーストフード店くらい。
他は、父親の九能と叔母である沁慰に連れて行ってもらう仰々しい店が多いので、こういうチェーン店にはあまり馴染みがなかった。
「こ、これにしようかな」
「どれ?」
麗秀は、アスパラとエビのクリームスパゲッティを指さした。
「へぇ~九能ってエビとか好きなの?」
「う、うん。好きだよ」
――いつものように笑えない。
麗秀は、自分でも何故そうなのかよくわからなかった。
「く、工藤くんは?」
引き攣った笑みのまま訊く麗秀。
工藤は若鳥のグリルだと答えると、このファミリーレストランのオリジナルである野菜ソースが美味しいのだと説明した。
「へぇ~私もそれにしようかな」
「えっ? でも九能はエビ好きなんだろ? 変えなくても、次に来たときに頼べばいいじゃん」
工藤は優しくそう言うと、店員を呼び、注文する。
食事が来るまでの間、観た映画の話をした。
そして、その話が終わると二人とも黙り込む。
それでも二人は、スマートフォンを取り出して見たりはしなかった。
……ひゃあ~!! どうしよう!! 気まず過ぎるぅ!!!
早くエビとチキン来てよ~!!
麗秀がそう思っていると、水を取って来ると言い、工藤は席を立った。
工藤がいなくなった途端に、アスパラとエビのクリームスパゲッティと若鳥のグリルのライスセットを持って店員がやって来る。
水を二人分持ってきた工藤は、席に着くと、よほど空腹だったのか、熱い鉄板にのったチキンを素早く食べていった。
そしてあっという間に完食。
「足りないな」
工藤はそう言うと、追加でタラコとエビのドリアを頼んだ。
あまりの豪快な食べっぷりに、麗秀はつい笑ってしまう。
「工藤くんって見かけによらず大食いなんだね」
「そうか? これぐらいフツーだよ」
「あっ、口にソースついてるよ」
麗秀はそう言って、紙ナフキンを取り、工藤の口の周りを拭いた。
「あ、ありがとう」
恥ずかしそうな工藤は言葉を続ける。
「はは、なんかガキみたいでごめんな」
ガキみたいと言った工藤の顔が、本当に子どものようだと麗秀は思った。
その後、外へ出て、適当にブラブラと歩く二人。
……この後、どうするんだろう。
まさか手をつないだり……。
いや、公園とか行ってキスしたり!?
麗秀がそう思っていると、あるものに気がついた。
周りにはラブホテルが多くある通りだった。
まだ昼間なので、そこまで煌びやかな照明ではないが、休憩\~円、宿泊\~円などの看板が並んでいる。
……ひゃあ~!! 変なところ出ちゃったよ!!
や、やっぱ工藤くん……言うこと聞けって、こういうことだったのか。
そんなの無理だよぉ~!!
こういうことはちゃんと順番を守らないとッ!!!
あぁ~!! でも言うこと聞かないと、お父さんのことをみんなにバラされちゃうッ!!
「なぁ、九能」
「えっ!? な、なに工藤くん?」
「あのさ……」
工藤は、少し言いづらそうにしていた。
言葉が詰まった様子を見て、麗秀はさらに戸惑う。
「く、工藤くん! え~と、こういうのはさぁ……なんというか……」
「い、いや、あの……俺も名前で呼んでいいかな。麗秀ってさ」
「へっ? は、はいっ!!」
麗秀が慌てて返すと、工藤は笑みを浮かべ前を歩き出した。
そして何事もなく、麗秀のマンションの前まで行き、そのまま別れる。
家に戻った麗秀は、早速浴室に入り、シャワーを浴びながら思う。
……心臓に悪い一日だった。
勝手に勘違いして、慌ててたのは私だけど……。
でも……けっこう楽しかったかも……。
そう思うと、麗秀の顔には自然と笑みが浮かんだ。
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