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Chapter-14
それからも麗秀と工藤は、何度もデートをした。
映画館や水族館。
ショッピングや食事。
だが、それだけだった。
手すら握らない二人。
変わったといえば、工藤が麗秀のことを、下の名前で呼ぶようになったくらいだった。
それでも麗秀は、そんな状況を楽しんでいた。
それは父親のことを、隠さなくていい相手というのもあったのかもしれない。
だが、心配もある。
工藤が、学校で孤立していることに、麗秀は心を痛めていた。
麗秀は、学校の帰り道で、以前にも訊ねたが、また同じことを訊いた。
「前にも言ったけど、そんなの麗秀が気にすることじゃねぇよ」
夕焼けの色と重なった工藤の暖かい笑み。
麗秀は、いつの間にか、学校の帰り道で見る夕暮れが好きになっていた。
以前に、一人で帰っているときには感じなかったこと――。
昼間の気温が下がり、オレンジ色に染まっていく景色が、麗秀が今まで感じたことない気持ちを生み出していた。
……なんか変な感じ。
でも、悪くない……。
悪くないよ……。
二人での帰り道で麗秀がそう思っていると、自宅であるマンションに到着する。
マンションの前には、車が停まっていた。
中にいた人物が運転席からこちらを見て、車から降り、向かって来る。
「お嬢!! 麗秀のお嬢!!! 久しぶりです。俺っスよ、わかりますか?」
「えっ!? ラオン!?」
運転席から出てきた男はラオン。
逆立てた短い髪に、切れ長目でスラっとした細身の体躯。
灰色と黒のストライプシャツに、タイトなスラックスを穿いている。
身長は165cmほどで、工藤はもちろん麗秀より低い。
「会えて嬉しいっスよ」
「ホント久しぶりだね。いつあっちから帰って来たの?」
ラオンは、麗秀の父親――九能のマフィア仲間の息子だ。
その関係で、中学生に上がる頃に韓国へ行っていた。
あっちでの学習が終わったので、つい先日に日本へ戻り、今は六本木にある『ヴェジタブル・シット』というステーキハウス・アンド・バーで働いていると言う。
「そう、六本木なんだ。なにより元気そうでよかったよ」
笑みを浮かべて言う麗秀。
ラオンは、両手を後頭部に当てて、嬉しそうに照れている。
麗秀とラオンは、年齢が近いこともあって、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。
だがそれは、友人というのとは少し違う。
ラオンは自分の父親から、麗秀に何かあったら身を守るように言われていたからだ。
嬉しそうに照れていたラオンが、工藤の姿を見て表情を歪める。
「そんで、てめぇ誰? なんでお嬢といんだよ」
明らかに喧嘩腰のラオン。
だが、工藤は落ち着いた様子で返す。
「お前もマフィアか」
工藤がそう言った瞬間に、麗秀は二人の間に割って入った。
「こ、この人はね。クラスメイトの工藤くん。帰り道が同じなんだ」
慌てているのがラオンに伝わらないように笑顔で言う麗秀。
そして、工藤にもラオンのことを紹介した。
だが、二人とも挨拶も会釈もせず、睨みあっている。
……ひゃあ~!! なんでこんなことに!?
笑顔のまま硬直する麗秀。
二人が一触即発の状態で、内心気が気ではない。
「じゃあ麗秀。俺、帰るわ」
「う、うん。またね工藤くん」
――これで終わる。
麗秀がそう思っていると、ラオンが怒鳴り出した。
馴れ馴れしいと、工藤の胸ぐらを掴む。
「なに名前で呼んでだぁ、あん? お嬢はな、てめえみてぇなのが声かけていい人じゃねぇんだよ」
「俺の勝手だろ。それに本人が嫌がったらそうやって呼ばねぇよ」
麗秀は慌てて二人を引きはがす。
「わわっ! ダメだよ、こんな道端で。他の人が見てたら何事だって思われちゃうよ」
麗秀は、少しでも空気を変えたくて、冗談でも言うような笑顔で声をかけた。
そして、工藤の背中を押して無理矢理帰らせる。
工藤は、特に気にしていないようだった。
だがラオンは、その歩いていく背中をじっと睨み続けている。
「お嬢。なんなんスかあいつ。それに俺のことマフィアって。まさかあの野郎……」
「そんなことより、部屋に来ない? 韓国でのこと聞かせてよ」
「いや俺、九能さん待ちなんスけど」
「大丈夫。私から頼むから」
麗秀は、強引に駐車場へ車を置いて来るように言う。
そして、車を置いて戻ってきたラオンの手を引いて自宅に戻っていった。
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