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Chapter-16
朝のホームルームが始まっても、麗秀は、ずっと上の空のままだった。
自分の席につき、鞄を机の横にある取っ手にかけて、真っ直ぐ前を見ている。
担任の先生を見ているわけではないし、黒板を見ているわけでもない。
ただ、虚空を見つめていた。
一時間目の数学の授業中に、担当の教師に当てられても、薄ら笑いで「わかりません」と答えていた。
その教師は、いつもと違う麗秀の様子の見て、どこか調子が悪いのか? 保健室へ行くか? と訊いた。
だが麗秀は、ぼんやりとした顔で笑みを浮かべるだけだった。
そして休み時間――。
亜美が杏と共に、麗秀の席に近寄ってきた。
「ああ~、工藤が学校に来なくなったせいで、麗秀がおかしくなっちゃったよ」
亜美は、その言葉を教室内にいるすべての人間に聞こえるように言った。
その横で、杏が強張った表情で頷いている。
亜美は、麗秀の席の上に尻を乗せて、さらに声を張り上げた。
「工藤の奴、フラれた連中が腹いせにしたことのせいで、来なくなったんじゃねぇの」
「イジメだよね」
杏もめずらしく声を大きくして、亜美に続いた。
それは工藤に対して、無視をしたりと陰険な態度をしていたクラスの男子たちに言っているようだった。
男子の何名かが、亜美に食って掛かろうとしたが、凄まれ、怖気づいてしまっている。
「情けね~の。工藤もこんな奴らぶっ飛ばしちゃえばいいのに」
亜美は、鼻を鳴らしながら言うと、男子の一人が弱々しく声を出した。
「あいつが俺たちがしたことくらいで来なくなるわけないだろ……」
「じゃあ、他に何があるのかよ!」
亜美は、その男子を威圧するように、また大声を上げて訊いた。
そして身を乗り出して、男子へと近づいていく。
亜美の迫力にすっかり震えている男子は、工藤が学校に来なくなる前日の夜に、数人の大人と車に乗り込んでいるのを見たと答える。
女が出来て、調子に乗って、何か危ないことでもしたんだろうと、亜美から視線を逸らしながらか細い声を出した。
それを聞いた麗秀は、先ほどの表情が嘘のように目を見開いていた。
……ま、まさか。
お父さんが工藤くんのことを知ったんじゃ……。
「おい、麗秀!?」
「麗秀ちゃん!? どこ行くの!?」
亜美と杏が声をかけたが、麗秀は鞄を持ってそのまま教室を出て行ってしまった。
そのまま学校から外に出た麗秀。
時刻はまだ午前中でお昼にもなっていない。
朝から少しずつ雲行きが怪しかったが、突然雨が降り始めた。
天気予報では、晴れ時々曇りといっていたため、当然傘など持っていない。
……工藤くんが殺されちゃう。
どうしよう、どうすればいい……。
次第に強くなる雨。
麗秀は、土砂降りの中を傘も差さず走っていた。
着ている制服に大量の水がしみ込んでくる。
穿いているスカートも、水を吸って重くなっていた。
それでも麗秀は、自分が濡れることなど気にせずに、無我夢中で駈けている。
……嫌だよぉ。
こんなの絶対嫌……。
雨で顔が崩れているのか、泣いているからなのか、麗秀の表情はぐちゃぐちゃになっていた。
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