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Chapter-20
九能は、静寂の中をゆっくりとした軽い足取りで歩く。
このコンクリート打ち放しの部屋に、その足音が鳴り響いた。
ラオンの体がさらに震える。
近づいた九能は、穏やかな声で訊く。
「マンションで麗秀と会ったんですか? そのときに何か言われたとか」
ラオンは黙ったままだった。
ただ、何も答えず、床に頭を擦りつけているだけだ。
「う~ん、ちゃんと説明してもらわないと、こっちも困るんですけどね」
薄ら笑いを浮かべながらも、困っている九能。
右手の人差し指で、頬をポリポリと掻き始めた。
「なに頭下げてんだよ」
そのとき――ラオンに声がかけられる。
「頭上げろ、俺はお前なんかに助けられたくねぇ」
声をかけたのは、椅子に拘束されている工藤だった。
九能は、工藤のいる方に戻り、被せていた紙袋を取る。
紙袋から出た工藤の顔は、アザだらけで腫れあがっていた。
「てめぇ……」
土下座していたラオンが、顔を上げて呟いた。
それから立ち上がって怒鳴り出す。
「誰がてめえなんかのために頭下げっかよ!!! ふざけたこと言ってとぶち殺すぞコラッ!!! 俺はなぁ、お嬢が泣いてたから……」
「麗秀のせいしてんじゃねえ」
工藤が言葉を遮って言うと、ラオンはさらに声を荒げる。
「はっ!? 俺がいつお嬢のせいにしたんだよ!!!」
「今したじゃねぇか」
「してねぇしてねぇ、してねぇぞっ!!!」
二人のやりとりを見ていた九能は、その傍でため息をついていた。
その様子を見るに困っているというよりは呆れている。
九能は、二人が言い合っている間に、部屋の奥へと歩いていった。
「大体簡単に捕まってんじゃねぇぞ、バカが!!」
「うるせぇ。お前こそ、嫉妬してチクるなんて情けねえ男だな。気にいらないなら一人で直接来いってんだよ」
「俺が嫉妬だぁ!?」
「麗秀と俺が一緒にいたのが気にいらなかったんだろ?」
「お嬢がてめえなんかを本気で相手してんと思ってんのか!? あの人はすげぇ優しいんだよ!!! そこにつけ込みやがって!!!」
工藤とラオンの言い争いは止まらない。
もしここが教室で、工藤が縛られていなければ、どう見ても同級生の喧嘩にしか見えなかった。
「はい、遊びはそこまでにしましょう」
言い争いを続ける二人に九能が言った。
その手には拳銃が握られている。
「私もねぇ、あまり時間がないんですよ。そろそろ片付けて帰りたいんですけどねぇ」
九能の言葉に、二人は言い争いを止めた。
それから工藤が震えながら九能に向かって言う。
「や、やれよ。あんたがマフィアって知ったときから覚悟はできてる」
引き攣った表情の工藤。
「バカっ!? なに言ってやがる!! 今すぐ九能さんに謝れ!!!」
ラオンが叫んだ。
工藤は続ける。
「お、俺は彼女……麗秀のことが好きだ」
工藤がそういうと、九能は興味を持ったのか、拳銃を下ろして両腕を組んだ。
――続けて。
九能はヘラヘラとしながら工藤に言った。
「あんたがマファアってことを知ったのは偶然だよ。俺はこのビルの近くであんたを見かけたから、麗秀がいるかなと思ってこっそりつけただけだ」
「なるほど。それにしても思春期の男子高校生ってのは、ストーカーみたいなことするんですねぇ。すごいすごい」
九能は、拳銃をしまってからかうように、音の鳴らない拍手をした。
その顔は、変わらずにヘラヘラとしている。
「麗秀の父親がマフィアって知ったときは、正直ビビった。けど……そんなことで俺の気持ちは変わらない」
言葉をはっきりと、そして力強く言った工藤。
それでも体は震えている。
「さあ、殺せよっ!! さっきも言ったが、覚悟なら最初からできてんだ!!!」
「だから、てめえが死ぬと……」
ラオンの言葉を遮って、九能が言う。
「君、嬉しいこと言ってくれるね」
再び拳銃を工藤に向ける九能。
「娘のことをそこまで思ってもらえて光栄ですよ。じゃあ、時間もないし、終わりしましょうか」
九能が引き金に手をかけようとしたそのとき――。
「お父さん待って!!!」
部屋の扉から、息を切らした麗秀が現れた。
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