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Chapter-8
グラウンドの端にあるベンチ。
そこの木の下に見える人影――。
……あれかな工藤くん?
もし二人の言う通り告白されたらなんて言おう……。
こんなことなら沁慰叔母さんに対処法を訊いておけばよかったよぉ……。
麗秀は、どう断ろうかを考えながら、工藤のいるベンチを目指した。
校庭を突っ切っていく麗秀。
今日は何故か、いつもいる運動部の人間たちがいなかった。
……もしかしてグラウンドに誰もいないことを調べてたのかな?
工藤くんってそういう人に見えなかったけど、意外と計算とかするタイプなんだ。
いや、こんなの計算って言わないか。
誰もいないグラウンドを歩きながら、麗秀は思った。
「九能……」
麗秀が到着すると、工藤が安堵の表情を見せる。
麗秀は工藤とは、それなりに会話する方だった。
同じクラスというのもあるが、どうも家が近いようで登校する時に顔を合わせることが多い。
毎日のように顔を合わせていたので、愛着でも持たれたのかもしれない。
麗秀はそう考えていた。
……困る、困るよそんなの……。
彼女は断る気でいる。
学生時代に“恋人はいらない”という人間は性別に関係なく少ないだろう。
それがたとえ好きな相手ではなくても、それなりに条件を満たせば付き合うはずだ。
だが、麗秀に恋人を作る気はない。
彼女には“嘘の才能”があった。
本来、嘘はハリボテみたいなものだが、そこに少しの真実を混ぜることによって強固なものになる。
触れられれば崩れる砂の城が、叩かれても壊れない鉄の城に変わるのだ。
たとえ疑わしくても、要所に配置した“真実”がそれを守ってくれる。
それは、麗秀が父親を見て学んだ処世術だった。
ただ、嘘とは管理が大変なのだ。
麗秀は、自分の生まれや環境が普通じゃないことを必死で隠してきた。
今後もそれを他人に話すことはないと決めている。
友達なら上辺だけでどうとでもなる。
それに友達は、普通の学校生活には必要不可欠だ。
何故なら教室に一人でいる人間は、いじめられっ子か変わり者だけだからだ。
だが恋人は違う。
いない人間も多いし、むしろいることによって嫉妬や逆恨みされてしまい、学校生活が破綻してしまう場合もある。
だから“恋人なんてトラブルの種”はいらない。
麗秀はそう考えていた。
「あの工藤くん。話って何かな?」
麗秀は、工藤にいつも通りの笑顔を見せた。
作りこまれた完璧な笑み。
何年も鏡の前に立ち、顔の筋肉を鍛えて続けてきた笑顔。
よく作り笑いは、目が笑っていないからわかると言われるが、そんなことを会話中に観察している人間などいない。
麗秀はそのことをよく知っている。
みんな結局、上辺だけでいい。
「実は、答えてほしいことがあるんだ」
言葉に詰まる工藤は続ける。
「その……お前の……」
麗秀は思う。
……ひゃあ~! やっぱりそっちなの!
どうしよう……。
どうやって断ろう……。
こうやって面と向かって言われるのは、初めてだよぉ~!!
麗秀が内心で慌てながら考えていると――。
「お前の親父……マフィアだろう?」
「えっ!?」
そう言われた麗秀は固まった。
……なんで、なんで工藤くんがそのことを知ってるの……?
驚きのあまり言葉を失う麗秀。
だが、貼り付けた笑顔はそのままだった。
……あぁ……終わった……。
私の普通の日々がいま終わってしまった……。
麗秀は、今まで積み上げてきたものが一気に崩れていくのを感じた。
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