Chapter-9

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Chapter-9

工藤はその後、麗秀(れいしゅう)に、父親がマフィアだと話されたくなかったら言うことを聞くように()げた。 その様子は、よくドラマや映画で観るような恐喝する者の態度でなく、いつも通りの落ち着いた工藤だった。 形は違うが、亜美や(あんず)の予想通り“(こく)られる”ということが、事実になってしまった。 麗秀は戸惑いながらも、それを承諾(しょうだく)する。 「何をすればいい?」 その質問に工藤は、一緒に帰ろう、と背を向けて歩き出す。 麗秀は、渋々その背中を追って行った。 下校中――。 夕暮れの中を二人は何も話さず、ただ黙って歩いていた。 ……言うことを聞けって、一体何をする気なんだろう? 帰り道、ずっとそのことを考えている麗秀。 気がつくと、麗秀の住むマンションが見えて来たが、そんなものは目に入っていなかった。 ……たとえばお金とか? それとも下品なこととか!? まさか工藤くんがそんなこと言いそうにないけど、もしかしたそっち!? でも……そんなの絶対無理ッ!! 何しろただでさえ対人関係に(なん)がある麗秀。 それなのに他人とキスをしたり、体を触れ合わせるなんて考えられないものだった。 じゃあ、自分の生まれや環境が普通だったらできるのか? 麗秀は考えてみたが、やはり無理かもしれないと(うつむ)く。 時間をかけて作ってきた自分が、いつの間にか本来の自分を侵食(しんしょく)していて、もうよくわからなくなっていた。 「あのさ……」 考え事をしていた麗秀に、工藤が(つぶや)くように声をかけた。 麗秀はいつもの(くせ)で笑顔のままだったが、その体は強張っている。 「明日の朝さ……九能のマンションの前で待ってるから、一緒に登校しよう」 「えっ!? ……う、うん。わかった」 「じゃあ、明日な」 工藤はそう言うと、走り出し、先に行ってしまった。 麗秀は、マンションのセキュリティ対策がしっかりしたオートロックの扉を開け、(うつむ)きながらエレベーターに乗る。 ……明日……明日……。 明日からどうしよう……。 頭の中で、工藤に秘密を知られたことばかり考える麗秀。 家に入った彼女は、帰って来るなり浴室に向かった。 服と下着を乱暴に脱ぎ捨て、顔面から水のシャワーを浴びる。 ……どうしよう、どうしよう……。 いっそ工藤くんを殺してしまえば? いやダメ。 何を考えてるの私は……? それじゃ本末転倒(ほんまつてんとう)だよぉ……。 いつもなら、シャワーさえ浴びれば大抵の不安は落ち着く。 だが、今回のことはそうもいかなかった。 完璧に隠し通せていたものが、みんなに知られてしまう。 それは麗秀とって、今まで必死で築き上げてきたものの崩壊(ほうかい)だった。 もはや自分の努力では何も止められない。 工藤の気分次第なのだ。 上はTシャツ、下はスウェットに着替え、浴室から出た麗秀。 ほとんど放心状態のまま廊下を進んでいると――。 「ただいま」 そこには、今帰ってきたばかりの父親が立っていた。
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