3:高校一年<16歳> 接近

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 私はナナのことがよく分からなくなった。  ムカつく人だと思うのだけれど、こうしてやさしいところもある。  駅から『てんま園』まではかなり距離がある。普通に歩けばそれほどでもないが、私を背負って歩くのは随分大変だっただろう。『てんま園』まで運ばなくても、駅員に伝えるだけでも良かったはずだ。どうしてさっきまで名前も知らなかった私のためにそこまでしてくれたのだろう。  何か思惑があるのだろうかとも思ったが、のんきな顔のナナの横顔を見るとそんな風には思えなかった。  ナナが何を考えているのかさっぱり分からなかったので、私は少し質問をしてみることにした。ナナが素直に答えるとは思えなかったけれど、黙って歩いているよりはましだろう。 「どうして、私を助けてくれたの?」 「ん?」  ナナは質問の意味が分からないという顔で振り返った。 「だって、同じ学校でも私の名前すら知らなかったでしょう? 放っておけばいいのに」 「いや、知らない奴だったとしても、目の前で倒れたら助けるだろう? 普通」  助けるどころか財布だけ抜き取って逃げてしまいそうな見た目のナナは、真っ当なことを当たり前に言う。それがなんだかおかしかった。  人を見た目で判断してはいけない。そう言われることもあるが、やはり人は人を見た目で判断してしまう。怖そうだとか、やさしそうだとか、冷たそうだとか。けれど見た目の判断だけでその人のすべてを決めつけるのは乱暴だ。 ナナはどうやら見た目の印象だけで決めつけてはいけないタイプのようだ。  それならばナナはこの見た目とは違うどんな本性を持っているのだろう。私は少し興味が湧いてさらに質問を続けた。 「さっきの部屋は、塩原さんの部屋なの?」 「ああ、そうだよ」 「机が二つあったけど、二人部屋?」 「前はな。今は一人」 「おもちゃとか絵本とか転がってたけど、あれは塩原さんの?」 「んなわけねーだろ。園のちびどもが遊びに来て散らかしていくんだよ」  どうやらナナは小さい子たちに慕われているようだ。小さい子には怖がられそうな風貌なのにどうやっているのだろう。面倒見がいいののだろうか。 「どうして学校に来ないの?」 「あー、眠いからだな」  なんだかとてもシンプルだけどどうしようもない理由に少し呆れる。 「もしかして、塩原園長って、ヒゲ生やしてた?」 「お、よくわかったな。アタシが剃らせたんだ」 「え? どうして?」 「ヒゲ生えてると、マジじじいなんだよ。だから、アタシがあの高校に合格したらヒゲを剃るって賭けたんだ。おやじ、アタシが受かるなんて思ってなかったんだろう」  ナナは楽しそうに笑って言った。そうだろうか。塩原園長はナナが受かると信じていてその賭けにのったような気がする。  ナナは約束通り、私を家まで送ってくれた。その間、私がする質問にナナはすべて答えてくれた。  話しながら帰った道のりは思ったよりも早く感じて、別れるとき少しだけ名残惜しかった。そういえば学校の友だちともこんなに長く話したことはないかもしれない。  おかげでこれまで顔と名前くらいしか知らなかったナナことが少しだけわかった。  園では小さな子たちに慕われている面倒見のいいお姉さんだということ。  文句を言いながらも塩原園長の言うことは素直にきくこと。  約束は守ること。  自分から積極的に話すことはしないけれど、聞いたことにはちゃんと答えてくれること。  ナナのことはやっぱりムカつくと思うし嫌いなタイプだ。だけど少しだけ認識を改めてもいいかもしれないと思った。  だからといって、それから私たちが仲良くなることはなかった。  ナナは遅刻や欠席が多いため、学校で顔を合わせること自体が少ない。その上クラスが違うので、顔を合わせる頻度は非常に下がる。  積極的に会いに行こうとでも思わない限り、そうそう顔を合わせることはないのだ。もちろん会いに行く理由もない。  それでもなぜか少しだけナナのことが気になって、姿を見かけると「ちゃんと学校に来たら?」とか「また遅刻したの?」と声を掛けることもあった。  そんなときナナは、面倒臭そうに「へーへー」なんて言いながら、私の言葉を聞き流すばかりだった。
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