1:26歳

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「ありがとう。セイラ、あいしてる」  という言葉を聞いたのは、病院のベッドでナナが目を覚ましたときだ。麻酔が残っていたのか怪我のためか、ナナはかなり朦朧としていたが確かにそう言ったように感じた。  ナナのことがずっと好きだったから、その言葉がとてもうれしかった。けれど私は自分の耳を疑った。ナナは私のことなんて好きではないと思っていたからだ。むしろ嫌われているのではないかと思っていた。  私はナナに好きだと告げていない。仕事中、ナナが私にそんな素振りを見せたこともない。それなのになぜ突然「あいしてる」と言ったのかが分からなかった。  私は毎日、仕事を終えてからナナが入院する病院に通った。どんなに疲れていても、どんなに仕事が忙しくても、ナナの世話をするために病院に行った。  ナナが心配だったということもある。それ以上に朦朧とした中で言ってくれた言葉の真意を確かめたかった。  しかし毎日顔を合わせていても、あの日以降、ナナがその言葉を発してくれることはなかった。私に対する態度にも変化が無いように見える。いや、仕事中よりは少しだけ高校時代の関係に戻れたような感覚はあった。  ただナナの口から発せられる言葉は、「完全看護だから毎日来なくていいのに」とか「忙しいんじゃないのか? 無理して来なくてもいいぞ」というものばかりだった。  その上、かわいい看護師さんに清拭してもらうとき、ナナが妙にうれしそうにしているように見えて腹が立った。私が清拭をすると言ったら、心底嫌そうな顔をしたし実際に清拭をすると痛いとか弱いとか強すぎるとか文句ばかり言っていた。プロの看護師さんのように上手にはできないけれど、もう少し言い方があるんじゃないかと思う。  仮に私のことが好きなのなら、体を見られて恥ずかしがるとか、触れられて喜ぶとか、ちょっといいムードになるとか、そんなことがあってもいいのではないだろうか。だから余計に腹が立ってちょっと乱暴な清拭になってしまうのだ。  しかししばらく経ったとき、ナナはもう一度「あいしてる」と言ってくれた。体を起こしたいと言われ、それを手伝っているとき、どさくさ紛れで私を抱き寄せて、耳元ではっきりと「あいしてる」と言った。私の頬にキスもしてくれた。  それは絶対に聞き間違いではない。うれしさのあまり私はナナが怪我人だということも忘れてギュッと抱きしめてしまった。ナナが「ギブアップ、痛い、ゴメン」と言うまでナナを抱きしめていた。  「付き合おう」なんて言われていないけれど、ずっと好きだった人から「あいしてる」と言われて、私はすっかり恋人気分になっていた。  けれど、ナナと一緒に暮らすようになってその気持ちが揺らいでいた。一緒に暮らしてかなりの時間が経っているけれど、恋人らしいことが全くないからだ。  恋人らしいことが何なのかといえば正直よく分からない。  まだ不自由な体で夕食を作ってくれていたのも、恋人らしいといえばそうなのかもしれない。私の部屋でナナがリラックスして過ごしているのも、恋人らしいといえなくもない。  別に毎日甘い言葉をささやき合い、愛を伝え合いたいというのではない。けれど何かが違う気がするのだ。
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