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だから、ずっと待ってたの。大人になって、あの学校があった場所にもう一度入れるようになった後で。
もう学校はなくなってしまったけれど、それでも残っている門の前で、できる限り毎週日曜日の朝。いつかあの子に逢えるかもしれないと思って、待っていることにしたわけ。約束したのは月曜だったけれど、毎週月曜日に行くことはできないから。日曜日の、お仕事のない日の朝だけ。いつも学校が始まっていたその短い時間だけ、逢える保証もないあの人を待つことにしたのよ。あの場所で会えば、恋人さんに遭遇することもなくて、迷惑がかかることもないし。
……ええ、そうね。そんなの言い訳ね。
私は、私以外の女性と歩いているあの人を見たくなかっただけなんでしょうね。
もうきっと、謙三さんは貸した傘のことなんか忘れてしまているに決まってる。連絡先だって交換したわけじゃない。向こうだって今の私がどこでどう生きているかも知らない。こんなことしたって、逢える確率なんて奇跡にも等しいものだってわかってたわ。
それでも――それでも逢えるとしたら、それは運命以外の何者でもない。私は恋人も作らず、念願の教師になってなお、どこかで幼い時の淡い気持ちを追いかけ続けていたんだと思うの。
そうして、何年。何十年待ったかしら。
奇跡は起きたのかって?――その答えはもう、みんな知ってるでしょう?
謙三さんもね、実はずっと私のことを捜してくれていたみたいなの。でも、連絡先がわからなくて、どうすればいいかわからなくて――私と同じように、探偵さんに頼ってね。
結果、あの人は私のところに辿り着いたの。
あの学校の前で待っていた、私のところに。
漫画みたいな話だけど。探偵さんが勘違いした、恋人らしき女の人っていうのは。あの人の恋人ではなくて、仕事の後輩だったらしいのよね。ちょっと親密な関係はあったらしいけど、全然恋人なんて関係じゃなかったらしいの。まあ、詳しいことは私も聞いていないのだけど。
そして今、私は此処にいるってわけ。
あの人と同じ家に住んでいて、いい年なのにお揃いの指輪を買いに行っているってわけなのよ。そういうの、おかしいかしら?こんなおばあちゃんの年になって、運命の人に出会って、結婚の届けを出しに行くなんて。
何歳だって恋はできるのよ。あの人も私もおっちょこちょいだから、少しだけお互いに辿り着くのが遅くなってしまっただけなの。
あの時の傘は、結局今も私達の家にあるわ。
ボロボロになってしまった子供用の傘だけど、まだまだ当分、大事なお守りとして使わせて貰おうと思ってる。
あれがあれば、どんな雨が降っても。きっと私達はもう、何も怖くなんかないのだから。
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