明日、待っている。

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 その日の夜、大きな土砂崩れがあって。私達の学校や、色々な施設が、ぺしゃんこに潰されてしまってね。  幸い、真夜中のことだったおかげで人はいなくて、死人は出なかったんだけど。村の被害状況かなり酷くて――私は子供だったからざっくりとしか説明して貰えなかったんだけど、このまま村に住み続けるのは難しいってことになっちゃったらしくて。  それどころか、まだまだ土砂崩れが起きるかもしれないし、今度は民家が巻き込まれるかもしれない。危ないから、みんな急いで村から非難してください、ってことになってしまってね。私達は、簡単な荷物だけ持って慌てて村から逃げ出したの。――私は、自分のランドセルと、あの子から借りた傘だけを持ち出すので精一杯だったわ。  けが人はいないらしい、とは聞いたけど。それでも避難しなくちゃいけないほどなんて、よっぽどでしょう?  あの子は無事なのか、とか。みんなはどうなっちゃうんだろう、とか本当に心配で心配でね。でも、誰も私の問いに答えてくれる人はいなかったわ。むしろ、答えられなかったんでしょうね――後から聞いたら、それほどまでに大変な状況だったらしいから。死んだ人が出なかっただけ、マシってかんじ。潰されて怪我をした人はいなかったけれど、逃げる時に転んで怪我をした人とかはいたみたいだしね。  私の生まれ育った村は、そのままなくなっちゃったわ。  結局、お父さんのお兄さんがいる東京の家に、とりあえずお世話になることになってね。そこでお父さんは新しいお仕事を見つけて、そのまま私達は東京に住むことになって。村に帰ることは、なくなってしまったのよ。  私はずっと気がかりで仕方なかった。あの子から借りた傘、ずっと手元に貰ったままになってしまったから。  雨を克服すると言っていたけれど、あの子が雨を本気で嫌がっていたことは知ってるの。雨が降っているのを見ながら泣いていたこともあったし、傘をさして歩いている時はいつもうつむいて、本当に苦しそうにしていたから。  それなのに、傘を貸して、困っていた私を助けてくれた。それがどれほど重い意味を持つか、今更ながら理解できるようになってね。絶対にあの人に再会するんだ、そして傘を返すんだ――そう思ってたの。でも。  謙三君の行方を探すのは、並大抵のことではなかったわ。  お母さんの親戚のところに行ったらしい、という噂は聞いたけれど、それ以上の情報はまるで見つけられなかった。そもそも私達も、慣れない東京でいっぱいいっぱいでね。お金の余裕もないし、人探しをしているだけの時間もほとんどない状況で。  本格的に、探偵さんに依頼してあの人を探すことが出来るようになったのは、それこそ私が大人になってからのことだったのよ。  探偵さんのおかげで知ったことは、一つ。  あの人にはもう恋人がいるらしいということ。  神奈川の方で、幸せに暮らしているということよ。  この時――この時、何を思ったのかというと、説明が難しいわね。  私は彼のことを“ちょっとムカつく子供っぽい男の子”って認識だったし、それでいて“苦手な雨に濡れてでも傘を貸してくれた優しい人”っていう印象も強く残っていたし。ただ、そう――あの災害があって、もしかしたら彼も無事ではないかもしれないと思った時。あの子がそのままいなくなってしまったらどうしよう、傘を返すこともできなくなってしまったらどうすればいいのって、そう思ったのも事実なの。  だからきっと――無事生きていてくれて良かった気持ちと。ああ、幸せで嬉しいって気持ちと。そこに、私はいないって思った虚無感と、とにかくごちゃまぜのいっぱいいっぱいだったんだと思うわ。  あの人がもし、今新しい家族がいるというのなら。その幸せを邪魔する権利なんか、私にはないの。  でも、一人の友人として、あの時のお礼だけは言いたいって思ったのよね。  そしてあの雨の日に貰った気持ちと一緒に、もう使わないような子供の傘かもしれないけれど――あの黄緑のカエルの傘を、あの子に返したいって考えたわけ。多分それくらいなら、ぎりぎり今の私にも許せる気がして、ね。
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