歌は世につれ世は歌につれ

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歌は世につれ世は歌につれ

 大学生の娘が、カラオケに行くと歌う歌を教えてくれた。  最近の話ではない。コロナ蔓延前の話なので、ご心配なく。 「中森明菜の『少女A』とかいいよね。百恵ちゃんの『プレイバックpart2』とか」  他には、石川さゆりの『天城越え』とか坂本冬美の『夜桜お七』とか。  『かもめが飛んだ日』『セカンドラブ』『越冬つばめ』『津軽海峡冬景色』 「今、久保田早紀の『異邦人』を練習中だよ」  私が若かりし頃に流行した歌を歌っていると聞き、驚いた。  平成を通り越して、昭和ではないか。  すると最近は、TV番組でもやたらとあの頃の歌の特集を見かける。  純喫茶と同じく、ブームの先取りだったのか?  バイト先の、娘と同年代の女性も、あの頃の歌がいいと言う。 「あの頃の歌は、ストーリーがあるんですよねー」  はあ、確かに。  「木綿のハンカチーフ」は、都会に出ていった恋人と、地元に残った女性の想いが描かれている。  「卒業」は、同じクラスの仲のいい男の子との思い出を振り返ったり、逢えなくなる未来を予想している。  あの頃の歌は、歌謡曲と言われた。  作詞家が詞を書き、作曲家が曲を作っていた。  専門家が書くことで、聞く人がイメージしやすい世界観を作り出したり、キャッチ―なメロディーラインだったのかもしれない。  人気のある歌手は、季節ごとに新曲をリリースしていた。  記憶力がいい年齢に繰り返し聞いていたからか、歌詞もよく覚えている。  そして、歌謡曲を聴くと、自分の思い出までよみがえる。  そういう付加価値があるから、私と同年代の人が懐かしがって聞くのはわかる。  それを今時の若者たちが、こぞっていいと言ってくれるのは、何だか自分が認められているようでこそばゆい。  その歌謡曲の作曲家のお一人である筒美京平氏が、亡くなった。  去年も曲がリリースされている。79歳まで作っていらっしゃったのだ。  その数は、3000曲に及ぶ。ヒットチャートをにぎわした。  きっと、ランクインする曲がそろって筒美氏ということもあっただろう。  「魅せられて」「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また逢う日まで」「ロマンス」  まだまだ書き切れない程ある。  「サザエさん」の主題歌も筒美氏が手がけているらしい。  アップテンポの曲が多い中で、私はミディアムテンポのNOKKOの「人魚」が好きだ。ゆったりとした曲調が、寄せては引いていく波音のようだ。  筒美氏は、一つの時代を作った方と言って過言ではないと思う。    便利な世の中になり、社会も改善されて、もうあの頃には戻れないと思う。  けれど、あの頃はあの頃で、今よりのんびりしていて良かったこともある。  何より、歌はいい。  歌はいいのである。
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